在日米軍ヘリポート

港区六本木7丁目23  2003年9月4日


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マピオン地図(青山公園右、+印がヘリポート)

朝7時というと、夜の遅い町、麻布六本木は真夜中といっていい。
人口の90パーセントは眠っているのではないだろうか。
その深夜族の眠りを覚ますのがヘリコプターの爆音だ。
六本木にある在日米軍ヘリポートに、毎朝7時、近郊の基地(たぶん横須賀、横田あたり)から米海軍のマークをつけた連絡ヘリが轟音をたてて飛来し、また去ってゆく。
何せ着陸するのだから低空も低空である。ビルとビルの谷間をかすめるようにして、木々の枝葉をざわめかせ、カラスの巣など吹っ飛ばしてしまうような風をまきおこしながら、ドドドド!と突っ込んでくる。
飛行コース真下(我が家がそうだが)の住民には、騒音公害以外の何ものでもない。
朝夕の2回の定期便のほか、臨時便もある。アメリカから要人が来日する時、ヘリは夜も昼もなく、慌ただしく飛び交う。
二機で来た時は、上空でドッグファイト(空中戦)の真似事をやっていたのを見たことがある。まあふざけ半分なんだろうけど、住民のことを考えろよ。
このヘリの任務は、各基地から赤坂霊南坂にあるアメリカ大使館に人間や文書を送り届けることではないか、と思われる。

麻布六本木に今なお米軍基地があることは、あまり知られていない。
占領時代は都心でもいたるところにあったが、21世紀の東京では、24区内では唯一の基地なんだそうだ。まあ自慢話にもならないが。(笑)
敗戦後、日本帝国陸軍第一師団歩兵第三連隊(通称:麻布三連隊)の兵舎は連合軍に接収され、一帯は「ハーディ・バラックス」(Hardy Barracks)と呼ばれる施設と兵舎群が建設された。
その後、敷地の大部分は返還されて、北側の旧三連隊兵舎は東大生産技術研究所をへて2000年に取り壊され、敷地は国立近代美術館用地になった。(「ケーキカット・ビル」参照)
西側部分は都に返還されて、都立青山公園の敷地となっている。
しかし、通称「星条旗通り」に面する南西側には、在日米軍の機関紙、星条旗新聞(スターズ&ストライプス)社屋と兵士宿舎、それにヘリポートが残された。
(ヘリポートはかつて六本木トンネル開通以前は現在より東側にあり、トンネル工事に伴い都立青山公園一部に食い込む形で移設された)
いまなお「ハーディ・バラックス」と呼ばれる宿舎は、表向きは星条旗新聞関係者ということになっているが、NSA(国家情報保安局)など諜報機関が使っているのだろうというのがもっぱらの噂である。
(米軍側の正式な呼称は「赤坂プレスセンター」である)

2004年7月10日補遺:アメリカの巨大情報組織「エシュロン」に関するホームページのなかに、ハーディ・バラックスの「正体」が言及されている。(抜粋)↓

《東京都港区六本木7-23-17。このNSAの「赤い糸」が結ぶ、もうひとつの「恋人」が棲息する場所である。

都立青山公園に隣接するこの陸軍施設、ハーディー・バラックス(HardyBarracks, Tokyo, JAPAN, USARPAC)の「ハーディー」が「頑丈な」を意味する英単語なのか、それとも米軍が施設の命名によくやるように、優れた軍人を記念してつけられたその苗字なのかはわからない。旧日本陸軍駐屯地に所 在する、「赤坂プレスセンター」として知られるこの施設にはヘリポートあり、一泊12ドルの米軍人用宿泊施設や独身・家族用将校宿舎、自動車修理工場などがあり、軍事施設っぽさが比較的希薄な印象すら与える。

だがハーディー・バラックスには、デュアル・ユーズ・テクノロジー、すなわち軍事転用が可能な、日本における最新の科学技術情報を収集する陸軍研究事務所極東事務所 (ARO-FE: Army Research Office - Far East) と海軍研究事務所アジア室 (ONRASIA: Office of Naval Research - Asia)、米軍準機関紙「星条旗新聞」(Stars and Stripes)、第500軍事情報群 (500th Military Intelligence Group)の「保全連絡分遣隊」(The Security Liaison Detachment)、座間基地第78航空隊などをも擁する、れっきとした米陸軍施設であり、日本の科学技術・経済情報を収集する情報機関でもある。そのためヘリポートには、横田、厚木、座間の各基地からのヘリコプターが頻繁にやってくる。ハーディー・バラックスを活用する情報将校による日本に関する情報分析は、アメリカの国家戦略に生々しく息づいているのだ。》

↓高い建物がハーディ・バラックス。
表向きは駐留軍兵士向けの宿舎。ツインルームで一泊25ドル。なかなか居心地はよさそうだ。
通りは「星条旗通り」。星条旗新聞社に由来する。かつては米軍兵士向けのバタ臭い店舗が並んでいたが、最近は『月の庭』など隠れ家ふうのレストラン、居酒屋、酒場がひしめく。

↓ヘリポートのゲート。

掲示や標識が面白いので撮影していたら、警備員(日本人)が出てきて「撮影してはいけません」と叫んだ。ぼくは基地の外にいるのだから、撮影しようが何をしようがかまわないと思うが、法律的にはどうなのだろう。
もちろん制止など無視して撮影したが、この私は何かの罪を犯したのであろうか。(笑)

当然ながら「どうしてこんなところに軍事基地があるのだ」と、施設の撤去を叫ぶ勢力が無いわけではない。
根本は日本の安全保障と基地問題につながるのだろうが、ぼく個人としていえば、超低空で突っ込んでくるヘリはうるさいし怖い。いつかは事故が起きるかもしれない。おちおち眠れないというのも困るので、ヘリポートはどっか別のところに作って欲しいのである。

しかし、石原慎太郎都知事は、米軍基地視察行のときには、ここから平然とヘリに乗って、反対派住民の怒りを買った。都はこのヘリポートに関しては何の意見も対策も公表していない。

麻布米軍ヘリ基地問題

murakamiさんより、ハーディバラックス敷地内では、戦後、BC級戦犯で国内唯一、銃殺刑が一件執行されたと、情報の提供がありました。詳細をご存じのかたはBBSにて教えてください。

その後、処刑者のご遺族のかたから連絡があり、また少年時代をここで遊んで過ごしたかたから連絡があり、銃殺刑の詳細が分かりました。
おって詳しい記事を掲載します。

2007年1月13日追記。
朝日新聞朝刊に、「米軍『占拠』解決へ 六本木ヘリポート」という記事が掲載された。
詳細は図版で掲載しておきます。
これによれば、赤坂プレスセンターのヘリポートは現在位置に未来永劫存在し続けることになります。
米軍にとっては非常に便利なところですからね。
かつて市民の憩いの場であった青山公園は、その3分の2以上がヘリポートの地下に埋められてしまっています。
その痕跡は境界付近にトマソン物件として存在しています。


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