米田郷之


(現・二見書房、当時・ミリオン出版出版部)



  元原稿が紛失したので思い出し出し書いた「先生の思い出の断片」の断片


  僕と先生の間には、僕側からの一方的な縁がある。
  大学時代に式貴士『カンタン刑』(当時はCBSソニー出版だった)と出会って
ファンになり、卒業して出版社に入って、先輩から「オレのよく行く飲み屋に、
式貴士来てるよ」「じゃあ、今度連れてって下さい」(結局、かなわず)、そし
て知り合った書店の人(立教ミステリ・クラブ出身)から「間羊太郎の『ミステ
リ百科事典』って名作だよ」と言われ、教養文庫を買った。たしか、式と間が同
一人物であることを教えてくれたのは彼だったと思う。
  では、蘭光生も同じ人だ──と知ったのはいつだったか、定かではないけれ
ど、ミリオン出版に入って初めて実物とお目にかかった時には知っていて、だか
ら式名義の本を持っていき、サインをもらおうと本気で思ったくらい(でも、や
めたけど)だった。
  というわけで、どう呼ぼうが、僕はお会いする前から「彼」のファンだった
ので、当然一緒に仕事できるのは嬉しかった。嬉しかったけれども、一番楽しか
ったのは、おいしい「そば屋」さんに連れてってもらったことか。
  会社で仕事していると、お昼頃、当時の上司、現日本出版社のHさんに先生か
ら電話がかかってくる。どうも、「お昼にそばを食べに行こう」というお誘いら
しい。で、僕もご相伴にあずかって……何軒かおいしい思いをさせてもらった。
当然、食べるだけでなく、しゃべる。とはいえ、時間も時間だし、場所も場所だ
から、四文字系の話にはならない。だから、仕事のことはまず出てこない。出て
こないけれど、よ〜くわかったのは、この人は「教養のある趣味人」だというこ
とだった。さすが、上半身から下半身まで全てこなす人は違う! と感心した(
ような気がする、記憶が定かではないが)。
  とはいえ、どこかひとりぼっち的表情をする人でもあって、「昼そば」だけ
でなく「夜酒」もご一緒したのだが、どんなに盛り上がっても「じゃあ」と別れ
てくるりと去って行かれるその後ろ姿は、いつもいつもさびしそうに見えた──
のは僕だけだったか。
  つまり、世の中には「わかりやすい親しさ」を出す人と「わかりにくい親し
さ」を持った人、この二種類があるとした場合、先生は明らかに後者だった。僕
みたいな若造にも、気を遣いすぎることなく、あるいは気を遣わせることなく、
ある「距離」の中でのもっとも近しい物言いをして下さったと思っている。それ
故の「さみしそうに見える」だったのだと思う。
  
  ある日、いつものようにHさんに電話があった。てっきりそば屋さんのこと─
─と思ったら違っていて、「食事が喉を通らない」「ガンじゃないかなあ」と言
われた、とHさんに後で聞いた。僕は「オレは心臓が遺伝的に強いから、なかなか
死ねなくて苦しむんだ、きっと」とよくおっしゃってた先生のちょっと屈折した
物言いと共通する類のものだと思っていたので、その「ガン」という言葉を全然
気にもしなかった。多分、Hさんも同じ気持ちだったと思う。
  ……その後、僕は他の出版社に移り、あの時の電話以降のことも知らないし、
ある種、別の世界で生きていた。そして、次にお会いしたのは、通夜の時、あ
んなに恰幅のよかった先生の、痩せられた姿であった。それを見て、僕は泣いた。
 
  最後に、僕が先生の前で言ったギャグで、自分でも気に入っているものを一
つ。
  先生「最近始めたんだけど、スキューバダイビングは面白いよ」
  某編集者「え、先生、ダイビングおやりになるんですか?」
  米田「それ知らないのはもぐりだよ」
  ……失礼しました。


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