草薙英治


(新宿区役所通り酒場『ルル』経営者:現在は引退)




あなたって何だったんですか


 巡り合い。 
なんら意味もない言葉と視線が脳裏に焼きつき個性が私の中に止どまり、年齢を
超えた友情に変化し悠久の語らい人になるのであろうか。隣人でもなく、竹馬の
何がしと問うでもなく、ダべり、飲み歩くだけの客の中の仲そのものになった。
誠に摩訶不思議である。
式さんとはそんなかたちで触れ合った。少々音のトーン高くよくしゃべりまくる
中年のおじさんに私は、冷たい視線を投げたのを憶えている。もう十三年も前に
なる。
そんな私の態度を感性の鋭い人だから素早くキャッチしたであろうに、どこが気
に入ったのかゴールデン街にあった私の店に一日置きに通って来るのである。
 甲高い調子でしゃべりまくり、キャッキャッと目尻を下げはしゃいでは、手の
ひらを返したように毅然とした紳士風に
「帰る」
とひとこと言葉をのこし店から出て行く。私は唖然と見送るだけ……。
 かと思うと半年も顔を見せないこともある。突然電話をかけてきては
「どうしてる、元気でいるかい。遊びに行こうと思ってんだけどねぇ、ルルの店
は方角が悪くて鬼門なんだ。あと一週間で開けるからそうしたら出て行くよ」
 一方的に鬱な声をのこして切る。
 そして、現れては陽気にさわいでは帰る。
“本当にあなたはなんなの”と聞きたくなる時がしばしばあった。
「ねえ、店稼がしい? 今僕はベッドの中、彼女にインサートしたまま休憩なの
。そうしたらルルの顔が浮かんで電話したの。迷惑だった?」
 オットットおじさん、どういうこっちゃ!
 彼が入院する前日迄の十日間毎日店に通った。そして、しきりに「まえだ」の
ママの容態を聞くのである。彼女はこの頃、食道癌で入院し声帯を摘出し、声を
失っていた。
僕も喉の調子が悪く入院すると云う。水割りを飲む時、食べ物を飲み込む時は必
ず、鵜が天をあおいで魚を飲み込む仕草をするのである。そしてクエックエッと
喉を鳴らすのである。まえだのママの入院前の様子とそっくりだと思った。
彼は入院、手術、やはり食道癌であった。退院、再入院まさにまえだと同じこと
を繰り返したのである。まえだには毎日病院に通っていたが、式さんの見舞日を
彼に何度となく打診したが、人を介して「ルルにはみっともない姿を見られたく
ない、来なくていいからまえだを見てくれ。退院したらきれいな僕で会いたい」
とメッセージをくれるだけだった。
やはりカッコイイ紳士でいたいのであろうと見舞いには行かずじまいとなった。
二月、二週間の予定でペルー旅行へ出た。真夏のペルーで真っ黒に日焼けし帰国
した。
そして『骨歌』のキョウコから式さんの訃報であった。葬儀もとどこおりなくす
んだと聞いた。予期はしていたがやはりショックであった。半月ぶりでまえだを
見舞った。すると彼女は書話で「ハザマクンハ、ドウシテル」と紙に書いて私に
渡した。(彼女は式さんをハザマといつも呼んでいた)
 私は一瞬たじろいだ。でも明るく
「退院して元気にしてるよ。ママも早く退院しなくちゃね」 
 めっきり棒のように細くなった目元がやさしくほほえんだ。私は、こみあげる
ものを止めることが出来なかった。ママは怪訝に私を見ていた。
 ひと月後まえだも他界した。
なにげなく訪れて、激しく嵐のように去って行ったあなた達は何だったのですか。
正体を暴きたいのです。                   
                                '93.6.3
新宿『ルル』は2002年8月に閉店した。


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