遺稿集


関係者以外の目に触れなかったエッセイ、書簡等



私はプロ

                               清水聰

 考えてみると、私ほど“プロ”なる言葉に縁のない男もいないようだ。
 ことのはじまりは、若い頃、“趣味の自殺”を何回もくり返しているうちに、
人生を一つの趣味と考えるようになったことからである。
“趣味の人生”を送ることを決意した時、どうせ少ない人生、できることなら沢
山の趣味を覗こうと思った。一つの趣味、即ち一つの人生を最低三年と区切り、
三年から五年の単位で職業を変えようと考えた。三年を単位とした理由は、「石
の上にも三年」で、何事も三年間ガマンすれば、飽きっぽい人間だという評価は
下されないで済むし、やはりやり始めたら三年位辛棒できないでは、何をやって
もだめだという自戒の念をも含めた単位であった。
 また、何故三年以上やらないのかは、「乞食を三年やったらやめられない」と
いう諺によったからである。三年以上同じ職業をやっていると、どうしてもマン
ネリになり、要領を覚えて前のことでも繰り返しでもボロを出さないで済むよう
になる。ただでさえ怠け者の私などヌルマ湯にどっぷりひたったらとても出られ
たものではない。同時に、三年以上、一つ仕事に精を出すと、その道の“プロ”
になる恐れがある。プロになったら最後、凝り性の私は、悩みに悩み、神経をす
りへらし、ノイローゼになって自殺するであろうことが目に見えている。趣味の
自殺をいったんやめた以上、いまさら自殺するのもくだらない。だから“プロ”
になるのだけは絶対にやめようと心に誓った。
 大学院を出てから、まず三年間中学校の教師をやり、新一年生が三年たって卒
業すると同時に辞職。次は高校教師。これも担任した新一年生が卒業した時点で
やはり三年後に辞職。これで自由業になり、まず「間羊太郎」というペンネーム
で旧「宝石」誌に「ミステリ百科事典」を連載。「宝石」廃刊後、光文社から再
発行された「宝石」に「ミステリ百科」を継続連載したが、雑誌の内容とそぐわ
ないので、編集部に頼みこみ、違う連載を始めてもらった。
 かくして風俗研究家「小早川博」の登場となる。ワイ談とジョークと雑学をミ
ックスしたこのコラムがひどくうけ、これも二、三年連載。後単行本『オトナの
いたづら』というタイトルで出版され、ナント20万部も売れた。
 ミステリ研究の方は三年間ぐらいで終り、風俗研究もそのくらい。次はジョー
クの収集を始め、「週刊プレイボーイ」にジョークを三年くらい連載した。また
子供向けの雑学研究をやっては、これも三年ばかり「週刊少年マガジン」に「ヘ
ンな学校」というタイトルで好評連載。一方、オカルト研究も三年ばかりやり「
えろちか」に悪魔学を連載したこともある。食えなくなったら一度はやってやろ
うと思っていたSM小説にも筆を染め、「蘭光生」という名で“SM御三家”の
一人にまで食いこむこともでき、ワイセツのカドで桜田門をくぐるというおまけ
までついた。お次ぎは幼い頃からの念願だった星占い。これまた「ウラヌス星風
」なる名前を作り、「週刊プレイボーイ」誌上で、ギンギラギンの仮面とマント
を着け、有名タレントと世紀の大占星術対談をおっぱじめた。一年近くやったあ
と、依頼されて占ったり、「奇想天外」誌で種村某という男のインチキぶりをバ
リ雑言でやっつけ、ヒンシュクを買ったりもした。星占いには準備に三年、実践
に三年と予想以上の年月を費やしたので、これも一応打ち切り(データー集めは
細々と続けてはいるが)。
 そして今年の十月からは創作活動に転身する予定。それも一度はやってみたか
ったSFで。もしエロ・グロ・ナンセンス・残酷・ブラックユーモアなどを基調
とした大型SF作家の新人が登場したら、それは私です。
 八年後、私に「職歴が固定する」という星がめぐってくる。その時には一体ど
んな分野で何をやっていることやら。何でも見てやろう式の趣味の人生も、その
時にどうやら一応の落着を見るらしい。ペンネームを変えるのもそろそろおしま
いにしたい。表札に四つも五つも並べて書くのも面倒になってきたし、こうペン
ネームが多いと税務署でも最近は信用してくれなくなり始めたことだし。とにか
く、有名人には縁遠い“セミ・プロ”の生活には、いろいろと苦笑もつきまとう
ものであります。

*上記の文は早稲田大学ミステリ・クラブ会報『フェニックス』昭和52年
(1977年)12月発行、20周年記念号に掲載されたもの。


文春文庫ビジュアル版『洋画ベストテン』(1991年版)へのアンケート回答

亡くなる直前と言っていいかと思いますが、1990年末に、文春文庫編集部からの
アンケートに答えられた回答用紙が発見されました。回答はファックスで送られ
たため原稿が残ったものと思われます。
この中で先生は「ランクづけは不可能!」としながら、以下の10作品をベストテ
ンとして挙げられています。

●「恐怖の報酬」
●「太陽がいっぱい」
●「情婦」
●「第三の男」
●「大時計」
●「007は殺しの番号」
●「六番目の男」
●「ダーティ・ハリー」
●「泥棒成金」
●「悪魔のような女」

また、スリラー映画監督ベスト3には、

●アルフレッド・ヒッチコック
●アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
●ロジャー・コーマン

「密かに偏愛している映画」として

●「七つの月のマドンナ」

を挙げられています。

上の画像をクリックすると、拡大された肉筆原稿が見られます。


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