福山八千代


(編集者:元二見書房マドンナメイト担当、現イーストプレス)




先生に捧げるバラード


 先生、ご無沙汰しています。富士の裾野の住み心地はいかがですか? 霊園の
桜が満開になる頃までには、きっとこの文集も完成して、みんなで先生のところ
にご挨拶に伺えるはずです。
 先生とのお付き合いは、編集者の中ではそんなに短いほうではなかったと思い
ます、私は……。だけど、先生から「縛らせてちょーだい!」とか「今度いっし
ょにSMホテルにでも行こうか」なんて言われたことなど一度もないし(あたり
まえか……)、某出版社のHさんみたいに先生のガールフレンドの据え膳いただ
いちゃったなんてこともなかったし、ま、実に淡々とした関係でしたね、私たち
って。
 先生と最初にお会いした頃の私は、まだ入社して3、4年めの駆け出しもいい
ところで、小説家それも「SM」の二文字が頭につくような方と会うのは、もち
ろん生まれて初めて。
私ときたら、「ウヒヒヒ、よーし手込めにしてやるぞぉ」みたいに、スケベ心い
っぱいのオヤジが現れたらどーしよーと本気でどきどきしていたのでした。
 ところが、待ち合わせの志木駅前のファッションビルに姿を現した蘭先生は、
あまりにも私の思い描いていた「SM作家像」とはかけ離れた、なんていうか─
─マトモすぎるおじさんだったのでした。作家というよりは大学助教授ってタイ
プ。目が若干冷たく、突き放す感じ。先生の独特なクールなしゃべり方のせいか
もしれないけど。
 当時、先生を紹介してくださった三宅菊子さんから「ウラヌス星風の名前で占
星術もやってる人だから」と聞いていたので、そんなアブナイ小説なんて興味も
何もなかった私としては、そっちのほうの話は適当に聞き流しておいて、何か画
期的な星占いの本の企画でも立てられたらいいな……ぐらいに考えていたのです
が──。
 あの日、先生とどんな話をしたのだったかもうすっかり忘れてしまったけれど、
結局、肝心な星占いの本に関しては、「僕はその人、個人個人で全然見方が違っ
ちゃうから、マニュアルみたいな形にはまとめられない」の一言で終わってしま
い、思いもかけなかった“蘭光生バイオレンス・ノベル”の創刊へと話は展開し
てしまったのでした。
 今にして思えば、花も恥らう(当時は恥らったのです、少しは)二十代半ばの
乙女(!)が、「放課後の体育館、女教師を襲うレイプの嵐…」だの「引き裂か
れた人妻の白い肢体…」だの、よく平然とゲラを読んだりカバーのコピーを書い
たりしたものです。果ては、カバー・イラストのモデルまでやっちゃったりして
……。
 でも、初めて接した“蘭光生ワールド”は、決して薄汚い四畳半ポルノって感
じはしなっかたし、『夢見るオトコのリアルなお伽噺』みたいで面白かったです。
なんたって、サム・ペキンパーの「わらの犬」に思わずクラクラした私ですから
……。
 こうして、先生とのお付き合いが始まったわけですが、三冊目を出すにあたっ
てちょっとばかりモメたことがありました。それは、タイトルの件。私は、
「『女教師』『美姉妹』ときたんだから、次は当然『人妻』ですよ」
 と主張したのですが、先生はなぜか、
「今ちょっとそれはまずいんだ」
 と言うのです。わけを聞くと、どうやら先生自身が現在、ある人妻と不倫中で
、すったもんだの挙げ句、相手の旦那に怒鳴り込まれそうだとかいうような話な
のです。だから今『人妻犯す』というタイトルの本を出すと、スキャンダルの格
好のネタにされてしまう云々。
 話は平行線をたどり、つい苛立った私が一言、
「そんなこと読者には関係ないじゃないですか!」
 次の瞬間の先生のご立腹といったら……それでも、あのクールな声音をなんと
か保ちながら、第一回編集者破門宣言がなされたのでした。ま、この宣言はタイ
トルを『教え娘』にするということで、まもなく撤回されたのですが。
 とにかく私は、懲りないうえに粗忽者のB型人間ゆえ、以後、何度も先生の怒
りを買い、そのたびに「だからB型はデリカシーがなくて嫌いだ」と言われたり
しましたが、しばらくするとなんで先生と喧嘩していたのかすっかり忘れてしま
い、一方、先生もいつまでも怒っていたら飯の食い上げになるのでしかたなく譲
歩するという具合に、われわれの関係は続いていったのです。
 さて、先生は、私の危惧していたような<女編集者に見境なく迫る>スケベ作
家ではなかったけれど、自分の気に入った女の子にはずいぶん熱心に誘いをかけ
ていました。好みのタイプは、色白で小作りな顔立ち。わが編集部にも一名ほど
先生の好みのタイプがいて、私は彼女(M子さんとしておきます。といっても、
マゾ女って意味じゃありませんが)と先生を引き合わせるという名目で、フラン
ス料理のご相伴にあずかりましたっけ。
 その後、二人の仲が進展したかどうかは定かではないけれど、ちなみにM子さ
んは、自称不感症で傍から見てもかなり淫乱気味。それからまもなくアメリカへ
彼氏を追っかけて行ってしまい、現在消息不明、というプロフィールの持ち主で
あるからして、まあ、一回ぐらいは何かあったとしても不思議はないでしょう。
 思いつくままに先生との思い出を綴ってみました。もっといっぱいあるのでし
ょうが、B型で忘れっぽい私にはこのぐらいしか思い浮かびません。
「おいおい、もっと大事なことを書き忘れてるんじゃないか」──なんか富士山
の方角から先生の不満の声が聞こえてきそうな気がしますが、とりあえず十年間
を圧縮した短いめのバラードでご勘弁を……


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