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カバーデザイン 中原達治


秘典

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《収録作品》

『射手座の女』南里 征典
『不倫の匂い』藍川 京
『欲求不満症候群』牧村 僚
『セクハラ・カンパニー』館 淳一
など全10編

「立て」
「……はい」
一拍遅れて、典子は立ち上がった。
「遅い!」
常務は怒鳴った。
「命令されたら、すぐに従え!グズグズするんじゃない!ノロマなやつは入社させんぞ!」
「はい、申し訳ありません…」
立ち上がった典子は深く頭を下げて詫びる。
「ではこれから身体検査をする。胸からだ。おっぱいを出して見せろ」
「……!」
ギョッとしたような顔で目を丸くする典子。怯えた表情になる。
「何をモタモタしてる。身体検査も面接試験のうちだ。早くせんか!」
「あ、はい」
怒鳴られてあわててスーツのジャケットを脱ぐ。いつの間にか自分の席を立った多佳子がそれを受け取って、部屋の隅に置かれた応接セットのテーブルの上に畳んで置く。
ジャケットの下は白いブラウスだ。典子は前のボタンを外し裾を引っ張り上げて前をはだけた。下は白いブラジャー。ふくらみを覆うカップの上半分は肌が透けるレースだ。
「ほう、けっこう綺麗な肌をしているじゃないか」
なめらかで艶のある白い肌を、目を細めるようにして眺める常務の目が、まるで餌を目の前に置かれた犬のようにギラギラ輝く。舌なめずりするような淫靡な表情になる。

(館淳一 セクハラ・カンパニーより)

《読者からの解説と感想》

 セクハラ・カンパニー

 桑田典子は、入社試験の面接で、重役の八田常務と対面した。
「では、これから身体検査をする。胸からだ。おっぱいを出して見せろ」
 無茶な要求に従わざるをえない典子。
 ここはそういう会社なのだ。
 秘書の多佳子までもが常務に荷担して典子をセクハラの餌食にする。
「スカートを脱げ。パンストもだ」
 ついに一糸まとわぬ裸身を晒した典子は、常務に敏感なところをいじくりまわされ ているうちに……。

   

 冒頭から容赦のないセクハラの嵐が吹き荒れる。
 この作者にしては珍しい展開だなと思っているうちに、ストーリーは二転三転!  いつの間にか、したたかで哀しくて、ちょっとチャーミングな女の生き方と、男性 サラリーマンの悲哀が、あぶり出しのように浮き上がって来る。
 見事としか言い様のない、まるで短篇小説のお手本のような作品である。
 作者は幼少の頃、父親が購読していた『新青年』を愛読していたという。
『新青年』といえば、探偵小説ファンなら知らない者がないというほどの伝説の雑誌 で、江戸川乱歩、横溝正史をはじめとして、夢野久作、小栗虫太郎、久生十蘭などの キラ星のような作家たちを輩出したことでも知られている。
 しかし『新青年』は、単なる探偵小説専門誌ではなかった。
 洒落たコントや小粋なコラムも満載された、まさに昭和のモダニスムを結晶化した ようなメンズ・マガジンだったのだ。
 館淳一の作品群には、こうした『新青年』の神髄が継承されているように思えてな らない。
 トリッキーなストーリー、都会的で洒落たセンス、そして隠し味のように利いたユ ーモア感覚……。官能小説というジャンルで、次々と新しい境地を切り開いて来たそ の姿勢にも、『新青年』ゆかりの作家たちと共通したスピリットを感じる。

「そうです。社長でも会長でも何でもいいんです。でも、皆さん常務とか専務どまり ですね。(中略)一番多いのは部長かな」
「何か、つつましいんだね」

 あ、あんまり言うとネタバレしちゃう。
 読者の楽しみを奪ってはいけませんね。

 詩織(MLメンバー)

《作者より》

収録された『セクハラ・カンパニー』は、1992年の作品です。
まだイメクラ=イメージクラブというのはそんなに隆盛をみていなくて、こんなことを出来る店があったら楽しいだろうな、と思って書いた作品です。
客は、この「会社」の中で「OL」の「上司」になり、彼女たちを好き勝手にセクハラして楽しむことができます。おとうさんたちの、夢の会社ですね。(^_^)

長編では『姉と弟・淫らな下着』、短編では『危(やば)い遊びはクセになる』などに代表される、こういう風俗店を舞台にしたストーリーはぼくの作品の中でも一系列をなしているのですが、不思議なというか必然というか、その後、現実にそういう店が出来る世の中になり、そうすると後から読まれた読者は、作品が現実を後追いされたような錯覚を覚えられるかもしれません。念のため強調しておきますが、作品発表段階では、このようなお店は存在していませんでした。

最近ではスパンキングマニアが集う『スパンカーズ倶楽部』というのを考えて作品にしましたが、いずれ登場するのではないかと思い、楽しみにしています。(^_^)

この短編を書いたもう一つの動機というのは、女性の整形手術の高額なことでした。その手術料を払うために風俗の世界に入ってくる女性も多いということから、でき上がった作品です。

さすがに発表後、7年もたつと、細かい部分で現在とズレが生じてまして、書き直すとすれば大変な作業になると思い、ごくわずかに加筆訂正を施しただけです。「スキャンティ」は「Tバックショーツ」としました。女性の下着は目まぐるしく変わり、おじさん作家が追いつくのは大変です。(^_^;)

《初出情報》

『セクハラ・カンパニー』…………『小説NON』1992年5月号

《書誌情報》

本書は祥伝社より祥伝社文庫のシリーズとして文庫判型で刊行された。
デジタルテキストは発売されていない。





ISBN4-396-32668-8
1999(平成11)年1月20日=第一刷発行
発行所=祥伝社
定価552円+税

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