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カバーデザイン 日下充典


欲望パラダイス

館淳一夢見山作品集

162

《読者からの解説&感想》

 この街には、数え切れないほど足を運んだような気がする。
 駅を西口で降りて、西口商店街を歩いてゆくと、アーケードの尽きるあたりに魅力的なランジェリーショップがあったはずだ。名前は「フルフル」?それとも「アンジェリカ」だったっけ? その向かい側には「ブックス・バク」という古本屋があったよな。とても繁盛している店には見えなかったけれど、なんか妙に心にひっかかる雰囲気を醸し出していたっけ。
 商店街と平行するように走るもうひとつの通り、夢見銀座にはラブホテルや風俗店が密集していた。そのひとつ「オアシス」に彼女と入ったのは、いつのことだったろう?  そういえば夢見銀座の外れに古風な洋館が建っていた。あの洋館は今も建っているのだろうか? その洋館の内部には「女子高生博物館」 というものがあったと聞いているが、真相を突き止めることが出来なかったことを、今も悔やんでいる。
 女子高生といえば、セーラー服の似合う女子高生たちをよく見かけたものだ。喫茶店の窓から、セーラー服ウォッチングするのが楽しかった。
 それだけじゃない。この街では魅力的な女子大生やOLさん、妙に色っぽい人妻や熟女をよく眼にしたものだ。
 駅前のステーキハウス「田之倉」で合コンをした時、ついついステキな女子店員さんに目を奪われて、顰蹙を買ったことも、今では楽しい思い出だ。
 街を見下ろす公園にはよくデートに行ったものだけれど、どの恋も実らなかったのは何故だろう? そういえばこの公園の駐車場に、土曜の夜になると過激な露出女が出没したという噂は本当だったのだろうか?
 もう二十年来の付き合いになるというのに、未だに謎めいたところのある、迷宮のような都市だ。
 東京から電車で一時間くらいで行けるところなのに、何故か地図には載っていない。
 もしかしたらあれは、夢で見た街なのだろうか?
 それにしてはリアルすぎる思い出が、たくさん詰まっている。
 いつかその街の住人になることを夢見ながら、ビジターとしてのワクワク感も失いたくないと思わせる。そんな街が、この日本のどこかにある。
 街の名は「夢見山市」、リアルでエロティックなパラレル世界「館ワールド」に、それは確実に存在するのだ。

 館淳一作品の熱心な読者の方なら、もちろん夢見山市のことはよくご存じに違いない。
 初心者の方でも、何冊か館作品をお読みになれば、きっとその名前が記憶に残ることだろう。
 そう、夢見山市とは、多くの館作品に登場する架空の街の名前である。
 こうした架空の街の設定は、小説好きな方ならよくご存じのように、決して珍しい手法ではない。ホラー小説が好きなら、スティーヴン・キングにおけるキャッスルロックを、時代小説ファンなら、藤沢周平の海坂藩あたりを思い浮かべてもらえれば解りやすいだろう。より直接的な影響関係にあると思われる、千草忠夫が描いた北陸の古都・錦城市も忘れてはならない。館ワールドにおける夢見山市もまた、そうした小説の王道ともいえる架空都市のひとつであるが、睦月影郎氏による「月見ヶ丘市」、藍川京氏による「恋路ヶ浜市」と隣接する街が加わって、増殖していく様は、P・H・ラヴクラフトによって創造され、後続の作家たちによって今も書き継がれるクトゥルー神話を彷彿とさせる。
 ここらへんの経緯については、以前『新青年』研究会の同志とともにインタヴューさせていただいた時、作者ご自身よりこうお聞きしている。

「あれはね、『週刊プレイボーイ』が全然売れなくなった時期があってね、ちょうど昭和天皇が危ないって言われた時期で、ヌードやなんかが全部自粛になっちゃったの。それでガクッと売り上げ落ちちゃった時にね、こうなったら文章の方でちょっとエロっぽいのをっていうんで、たまたまぼくがそこでライターやってたから、そのよしみで『ちょっと書いて』って言われて書いたのが『代理母(レンタル・ママ) 童貞実験記』。そのあと、誰かたのみたいって言われて、睦月さんを紹介したの。そしたら今度は睦月さんが『誰か……』って言われて、藍川さんを紹介して……、その前からパソコン通信で知り合ってたんだけど、みんな『週刊プレイボーイ』で使ってたのね。『館さんが夢見山市を使ったから、せっかくだから私も夢見山市を使って、そのかわり私は恋ヶ浜市というのと、月見ヶ丘っていうのを自分でつくったので、館さん使っていいよ』って言うんで(笑)、だからぼくが書く時も、夢見山市の隣りは月見ヶ丘市ってことで……。それは楽屋落ちみたいなものだから、それでどうということがあってはいけないんですよ」
(『「新青年」趣味』第12号掲載 館淳一インタヴュー「『新青年』、乱歩、そしてミステリ……。」)

 館ワールドには他には「汐見市」や「ときわ市」など、印象深い架空都市が登場するけれど、頻度としていちばん多いのが、この「夢見山市」だろう。首都圏のベッドタウンという設定は、それだけで柔軟性があり、使用する時の自由度も高いと思われるからだ。たとえば、主な舞台は都内だとしても、主人公が住んでいるのは夢見山市、という使い方の出来るからだ。また、今は夢見山に住んでいるいるけれど、出身は汐見市で、ときわ市の高校に通っていた、などという複雑な変格活用も可能になる。
 この夢見山市が最初に登場した作品は『女教師・露出授業』(フランス書院文庫1988年8月刊、のちに『皮を剥く女』と改題されて幻冬舎アウトロー文庫に収録)だが、そこでは夢見山という魅力的な名称の由来が述べられている。

 関東地方には何箇所か、「夢見ヶ崎」「夢見野」といった相似した古い地名がある。いずれも太田道灌が江戸城の築城にまつわる夢を見た場所――という伝承に基づいて名付けられたものだ。
 この夢見山にも、かつて太田道灌が狩りにやってきた時、一夜この麓に仮寝して、山の頂上から鷹が飛び立つ夢を見た――という伝承が残っている。目を覚ました道灌は、その鷹が再び舞い降りた入江を探して南下した。やがてついに夢と同一の地点を発見し、そこに城を築いた。それが後の江戸城だという。
(『女教師・露出授業』第十一章 残酷なレイプ魔)

 名称のヒントになった地名は、実在するらしい。
 先に引用したインタヴューで、作者はこう答えている。

「ホントはね、“夢見山”っていう地名は川崎にあるんですよ。川崎にぼくの知り合いがいて、そこがちょっと丘になっててね、その上に公園があって、その下に住んでたんですよ。で、『ここ、何てところです?』って訊いたら『ここは夢見山公園っていうんだよ』って。どうして夢見山なのかというと、太田道灌がどこに城をつくろうかと思ってね、ちょうど夢見山に来た時に、ここは高台だし、城をつくるのにちょうどいいだろうと決めて、寝たわけですね。すると夢の中に白鳥があらわれて、飛び立って行くわけですよ。さらに東の方に飛んで行く。それでハッと眼をさまして『ここじゃないんだ』と、それで白鳥の飛んで行った方向に見つけたのが、のちに江戸城が建った場所だったという話なんです。だから、ひょっとしたら江戸城になったかも知れない場所なんだって聞いて、すごい由来のあるところなんだなと思って、それを使ったんです」

 なるほど、川崎に「夢見山公園」なるものが実在するらしい。
 さっそくネットで検索してみると、「川崎市夢見ヶ崎動物公園」というのがヒットした。

 http://www16.ocn.ne.jp/~fukusi/sub028yumemigasaki.html

 この公園のホームページによると、名前の由来は

 どうして夢見ケ崎って言うの?
「七重八重 花は咲けども山吹の みの一つだに なきぞ悲しき」と詠った、太田道灌が江戸城を建てるために築城予定地を探して、この地に泊まった時に、1羽の鷹が夢枕に現れて兜をさらって飛んで行ってしまった。 これを不吉と思った道灌はこの地での築城を断念したそうです。夢をみたことから夢見ケ崎と言われるようになったそうです。

  と説明されている。
 ここまで来ると官能小説とは直接関係のない世界に突入してしまうが、雑学の大家であり、地理・地誌に詳しい作者の影響もあり、読者である僕もまた、雑学の迷宮へと足を踏み入れてしまうのだ。これもまた館効果のひとつとしておつきあい願いたい。
 ネットで検索をかけた勢いで、他にも「夢見山」あるいはそれに類する地名はないかと探してみたら、さらに興味深い実在の地名を発見した。
 山梨県甲府市に「夢見山」という地名がある。

http://www.city.kofu.yamanashi.jp/contents/content/view/1711/204/

 ここでは太田道灌伝説よりもさらに古く、武田信玄誕生秘話が伝説化されて地名の由来になっているところが興味深い。

 (裏見寒話より)
 これは、武田信玄の誕生にまつわる伝説です。
 時代は、戦国時代までさかのぼります。今川勢が甲州を併合しようと南方から侵入してきた。
 いよいよ武田信虎の居城、つつじが崎のすぐ近くまで侵略してきた。ついに今川勢と武田勢は、飯田河原(現在の県立病院の西)で対決した。
武田信虎は、六十日にわたって戦い、今川勢に大勝利した。
 勝っても、まだ敵はすぐ近くにいるので信虎は愛宕山の上にある小山に登った。松の根元で敵の様子を探っていると、急に眠むくなり、石を枕に寝入ってしまいました。
 しばらくし、夢の中に男が現われ、
「今、甲斐国主として誕生した男子は、曽我五郎の生れかわりである」
と告げられた。信虎が夢からさめると、城内から若君誕生の知らせが届いた。
 信虎は喜び、戦勝にちなんでその子を勝千代と命名したという。
 その勝千代、誕生したときから右手を握ったままで数か月経っても手を開かなかった。
 信虎は心配して天桂和尚に相談したところ、和尚は驚き、そして信虎に不思議な物語りをはじめた。
 天桂和尚は行脚の途中、富士の裾を過ぎたところ日暮れになったので野宿をした。すると夢の中に一人の武士が現われ、
「私は、曽我十郎である。私の弟、曽我五郎が甲斐の国主として誕生する。その証拠には、金龍の目貫一片を右手に持っている。その手は、城の東側にある池水で洗うと開かれる」
と言って天桂和尚に一片の目貫を渡して消えた。
 その話を聞いた信虎は、従者に命じて勝千代の右手を城の東側にある池水で洗わせた。天桂和尚の話のとおり、勝千代の右手が開き中から金龍の目貫一片がでてきた。信虎はさっそく勝千代の右手から出た一片の目貫と天桂和尚が持参した一片の目貫を合わせてみると、見事に二つは符合した。
 信虎は、その池のそばに大泉寺という寺をつくり、天桂和尚を導師とした。
 この話から信虎が登った山を夢山、またの名前を夢見山というようになったということです。 (出典・甲府市ホームページ)

 さらにこの夢見山には信玄にまつわる「夢見石」という伝説もある。

http://www.city.kofu.yamanashi.jp/contents/content/view/1702/204/

(西山梨郡志より)
 信玄公或る日山頂に登り下界の風景を跳めていたが、急にねむくなり、そばにあった大きな石を枕にまどろんだ。天人のような美しい女が何処からともなく現われて語りだした。
「わたしば、三味弾きです。一曲奏でて進ぜましょう。」といったかと思うと、袋の中から数多くの寄せ木を取りだして組みたてはじめた。
 めずらしい三味もあるものだと、見蕩れているうちに女は全部組み終へて、まさに弾きはじめようとする時、夢から目覚めた。
「ああ、夢であったか。」とみれば、体中がくもの糸に巻かれてあった。
「変な事もあればあるものだ。」と思って帰館されたが、それ以来くもは、何時も信玄公の枕頭に出ては戦の吉凶を占ってくれるようになった。
 信玄公没して後も夢山には、くもが多いので誰ともなく「夢山の主はくもであった。」ということになった。
 それからは、誰でもこの石にまどろむ者は必ず佳夢を見るとつたえられている。草刈る男や薪採る山稼共が時々佳夢に微笑まされたというが、現在もこの山にはくもが随分沢山いる。 (出典・甲府市ホームページ)

 こうして調べてみると、どうやら太田道灌伝説はこの武田信玄伝説が変形して流布したもののように思える。
 ああ、もちろんこういうことを知っていたからって、淳一作品が一層楽しめるというわけではないからね。
 閑話休題。

 ありとあらゆる欲望が具現化する館ワールドにおいて、夢見山市はまさに性の実験場であり、読者にとっては桃源郷ともいうべき場所である。首都圏のベッドタウンという何でもない形容すら、なにやら淫靡な響きを帯びてくるではないか。そんな夢見山市を舞台にした短篇ばかりを集めたこの作品集は、街の名所を解説したガイドブックであり、館ワールドの歩き方を概観出来る絶好の指南書となっている。
 そして、これは官能小説としては希有なことだと思うけれど、本書にはその架空都市・夢見山市の地図が掲載されている。
 その地図作成プロジェクトに参加した者の一人として、あの店やあの学校、あの通りの位置をテキストから推測して特定して行く作業は、楽しく、やり甲斐のある仕事だった。ささやかな地図ではあるけれど、これは約30年にわたる館ワールド愛好の歴史の、ひとつの成果としてお楽しみいただければ幸いである。
 もちろん、これで夢見山市の全貌が明らかになったわけではない。
 作品の数だけ、そしてそれを読む読者の数だけ、夢見山市は存在するのである。

  ながれ雲見果てぬ夢を夢見山

 さあ、あなたもこの欲望パラダイスに足を踏み入れてはみませんか?
                 八本正幸

《作者より》

「夢見山サーガ」を集めた短編集です。
――と言っても分からない人は分からないですね。(笑)
館淳一作品は舞台となっている都市がいくつかあります。その一つが「夢見山市」。夢見山という小高い丘陵を西に控えた首都圏のベッドタウン。
この市に住む人、訪ねてきた人たちがいろいろな事件に遭遇し、あるいは人と出会い、目のくらむような官能の世界に誘いこまれてきました。
それら「夢見山サーガ」の中から愛読者と解説者が選び抜いた短編を集めたのがこの本です。
最初に夢見山市が舞台になったのはいつの頃かもう記憶も定かではないのですが、いろんな物語を読むうち、読者の脳裏にはその人なりの「夢見山市地図」が描かれてゆきました。
そこで今回はコア読者3人が参加してそれぞれの地図を描いてもらい、それを集大成した「夢見山市街図」が出来あがりました。
あなたの脳裏に浮かぶ夢見山市街とどれぐらい合致しているか、それを比較するのも楽しいかもしれませんね。(^_^)
もちろん「夢見山市なんて知らないよ」というかたでも大丈夫。単なる短編の舞台なんですから。(笑)
さあ、あなたも夢見山を訪ねて、さまざまな主人公たちが織りなす官能の愉楽に浸かってみませんか。

《収録作品と初出情報》

『人妻・午後の淫謀』……『ガツン!』(KK ベストセラーズ)2000年6月号
(連載 “熟れ肉サポートマン=堂大介”シリーズ)
『真夏の夜の裸女』……『小説NON』1991年8月号
『昼下がりの女たち』……『月刊小説』1992年11月号(原題『女同士の午後』)
『ふっくらブラジャー愛のあと』……『特選小説』1998年7月号
『ぼくが女性の下着を着ける理由(わけ)』……『小説CLUB』1994年2月号
『淫らな遺伝子』……『小説CLUBロマン』1998年3月号
『背徳のガーターベルト』……『小説CLUB』2000年2月号
『見られたがり』……『小説NON』2000年3月号

《書誌情報》

本書は短編アンソロジーです。
双葉社より双葉文庫シリーズ(た25--07)として文庫判型で刊行されました。
他の媒体では発表されていません。





ISBN978-4-575-51353-0
2010年5月16日初版発行
発行=双葉社BR> 定価=667円+税

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