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カバーイラスト 妃 耶八
カバーデザイン ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)


秘密サロン

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《読者からの解説&感想》

 ひとりの女性が、とある秘密サロンへと足を踏み入れてゆく、そして徐々に自 らのM性に眼醒めてゆく、タイトル通りそのものズバリの「秘密サロン」を題材 にした作品である。
 館作品には「スカラベ倶楽部」をはじめとして、さまざまな秘密サロン、秘密 クラブが登場して、われわれ読者を楽しませてくれるが、今回の趣向は女性専用 で、さらに初心者向け。それだけに、ヒロインが次第にその世界に入って行く過 程が丹念に描かれていて秀逸である。初めて本格的に縛られたヒロインが、ただ それだけでイッてしまう場面など、着衣のままなのに、いや、それだからこそス トレートなセックス描写では味わえない、深く、濃く、そして新鮮な官能を味わ うことが出来るのだ。

「両手を後ろに回して、手首に手首を重ねなさい」
 思わず威圧されて、無言で両手を背後に回すと、まず手首がくくり合わされ、 縄が胸にかけ回された。乳房が上と下からくびられるように圧迫されて、とがっ た乳首がさっきの熟女のようにキャミソールの薄いナイロン布地を内側から突き 上げた。レース部分との摩擦が言いしれない快感を乳首から全身へと発信する。  何か子宮に低周波マッサージされるような電流が流れ、体がビクンと震え、思 わず「うう」という呻き声が洩れた。
「気持ちいいみたいね。感じているのね? どう、人の手できっちりと縛られる 感じは」
(中略)
「あ」
「う……」
「はあー」
 ぐいぐいと縄が締めつけてくるたび、熱い吐息が洩れ、下腹がピクピクとうち 震えるのを押さえられない。
                      (第一章 マダム・マキ の館)

 読んでいるうちに、腰のあたりが泳ぎだし、身体のあちこちがムズムズとして きそうな描写である。直接的なセックス描写や、あからさまな裸体だけがエロス をかき立てるのではない。「秘すれば花」とは、世阿弥による『風姿花伝』の有 名なフレーズだが、官能小説にもそれは当てはまるのではないかと、この場面を 読みながら思った。
 やがてヒロイン綾香(お馴染み「ブルゴン商事」のOLで、夢見山市の住人) は、自らの秘部に指一本触れることなく、深いオルガスムスに達する。想像妊娠 という現象がありうるのならば、肉体的な接触はなくとも、イマジネーションだ けでイクことは可能なのではないのか? 官能小説とは自慰の補助ではなく、そ れ自体が自立した官能装置たりえるのではないかと仮定してみた。
館ワールドの神髄、あるいは淫髄とは、まさにそこにあるのではないかと思い 至ったからである。
「淫髄」という言葉を使用させていただいたところで、この言葉を発明した永田 守弘による『官能小説の奥義』(集英社新書)において「官能小説の書き方十か 条」の筆頭に「官能小説は性欲をかきたてるだけのものではない」という言葉が 掲げられていることの意義を再認識したい。
 曰く「誤解されているようだが、官能小説は性欲をかきたて、読者にオナニー させるためだけにあるのではない。そういう要素もあるが、もっと深い、人間が 持っている淫心を鼓舞するのが目的である。/性欲はオナニーで消えてしまうが、 淫心は人間が根源的に抱えているものであり、オナニーでは消えない。性欲の奥 に流れているものである。/単なる勃起が目的ならば、アダルトビデオを見れば よい。官能小説は、文章によって読者の感性を刺激するものであり、イマジネー ションを喚起させる力がなければならない」と。
「淫心」をたとえば「煩悩」と言い換えてみるならば、これはほとんどストレー トに「文学の定義」と言っても差し支えないように思える。
 えっ、それは言い過ぎだって?
 だって、文学なんて「精神のオナニー」じゃん!
 ま、そんなことはどうでもいいとして……。
 物語は後半で意外な展開を示しはじめる。
 前半はドラマの背景にいた兄・昭輔の視点から描かれる後半部では、妹の謎の 失踪にまつわるミステリ仕立てのストーリーが展開されることになるのだ。
 ここで『特命OL 淫らなプロジェクト』に登場したブルゴン商事調査室・赤 木室長と私立探偵・猿田の名コンビが登場して、読者を楽しませてくれる。
 われわれは前半の物語によって、彼等よりもヒロインの秘密について詳しく知 っているので、ある種の優越感に浸りながら登場人物の動静を見守ることになる のだが、断片的に解明される事実によって、そうした優越感が次第にゆらぎはじ め、やがて完全に覆されることになる。ここらへんはまさに読者に仕掛けられた ストーリーのトリックであり、推理小説特有の醍醐味でもある。
 単一の視点による閉ざされた妄想の世界は、それだけに純度の高い官能世界を 描きやすいが、館作品の、特に長篇小説に於いては、本作のような複数の視点や、 一見交わることがないように見える異なった物語が平行して描かれることが多い。 その結果、意外な側面から人物や出来事にスポットが当てられ、新たなエロスを 発生させるという高度なストーリーテリングが実現するのだ。
 つまり、小説としての面白さが官能を倍加させているということになる。
 また本作では、「兄と妹」という、館作品では比較的珍しい関係性を軸に物語 が展開する面白さがある。さらにその兄の職業が怪獣などのフィギュアを製作す るプロのモデラーであるという設定に強い現代性が見えて楽しめる。官能小説は 風俗小説としての側面も持つジャンルだと思うので、こうした細かい設定のリア リティが作品の隠し味になっていると言っても過言ではないだろう。
                              詩織

《作者より》

書き下ろしです。
二見文庫としては前作、『母の寝室』に次ぐ二作目です。
マドンナ文庫は官能味100パーセントが要求されますが、二見文庫のほうは「物語性を重視してゆきたい」ということです。まあ、どちらに書くにしてもぼくの場合は同じ味になるのですけれども。(笑)
前作『母の寝室』は、母と息子を巡る性愛の物語でしたが、『秘密サロン』は若い女性が自分の性的願望に身を捧げる物語です。

ヒロイン綾香は『ブルゴン商事』に勤める若い独身OL。偶然、インターネットで知った『ボンデージ・ガーデン』というホームページに魅せられます。
マダム・マキという美女が主宰する「縛られたい」という女性の願望を満足させるためのサロン――それが『ボンデージ・ガーデン』。
おそるおそる都心の高級住宅地にひっそりと建つ洋館を訪れた綾香は、そこで「お試しコース」にトライしてみます。下着姿でキッチリと縛りあげられ密室に閉じこめられるだけの放置プレイ。
なのに綾香はオルガスムスを覚え、おおいに満たされます。それはマダム・マキの巧みな誘導のせいでもありました。
それから毎週末ごと、綾香は『ボンデージ・ガーデン』を訪ね、当然のことながら、そのプレイは過激なものになってゆきます。
それから数ヶ月後――、
綾香の兄、昭輔はプロのモデラー。渡米中に妹の失踪を知らされ、急遽、帰国します。
兄ひとり妹ひとりの境遇。なのにこの兄はこれまで妹のことにさほど関心をもっていませんでした。
失踪して初めて、ブルゴン商事調査室・赤木室長や、彼の依頼を受けて働く私立探偵・猿田らの努力で、今まで知らなかった妹の素顔が明るみに出てきて、兄は愕然とします。なんと綾香は……。

――というところで、続きは作品を読んでくださいね。(笑)
これまでの作品と違う「兄と妹」の物語は、読者に爽やかな読後感を与えることでしょう(ほんとか)。

《書誌情報》

本書は二見書房より二見文庫シリーズ(た1-2)として文庫判型で刊行された。
デジタルテキストは二見書房「おとなの本屋さん」からダウンロード購読できる。





ISBN978-4-576-07030-8
2007年4月10日=第一刷発行
発行=二見書房
定価本体600円+税

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