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カバーイラスト 金本進


妻の調教

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《収録作品》

『妻の調教』
『真夏の夜の下着』
『縄、少年、そしてランジェリー』
『童貞、美味すぎる喪失』
『淫欲輻射線』
『食蟲花の夜』
『白衣の女教師』


《読者による感想と評論》

「妻の調教」
「別れてくれ。壊れてしまったおれと一緒にいて、おまえの人生まで壊すことはない」
 激しい衝突事故の後遺症で、シェフにとっては命ともいえる嗅覚を失ったばかりでなく、男としての機能も奪われてしまった河原光孝は、ある日、妻の奈保子に離婚を求めた。
 しかし、奈保子の答えは意外なものだった。
「私は自分のセックスパートナーを見つける。セックスしたくなったらその人とする。だけど必ずあなたの傍に戻って来る」
 奈保子には、かつてスカラベ倶楽部という高級売春クラブでM女として働いていた過去があったのだ。

 一般に官能小説ではタブーとされているインポテンツをテーマにした作品。実はこのテーマ、館ワールドではしばしば展開される重要な題材でもある。
 豊かなマゾ性の持ち主である若妻が、他の男の奴隷となり、その金で自分をささえているという、男にとっては天国と地獄が同居したような状況を描きながら、最後には感動的な夫婦愛の物語に昇華していく。
 愛のかたちは、さまざまだ。
 作中に登場するスカラベ倶楽部とは、近年の館作品では御馴染みの大規模なSM売春組織だが、その全貌は未だ明かにされていない。
 本作では、画廊『スカラベ・ドール』を媒体とした、ユニークな運営方法の一端が描かれ、興味深い。

「真夏の夜の下着」
『フルフル』という名のその店は、夢見山西口通り商店街のはずれにあるランジェリー・ショップだった。
 大学生のぼくは、毎晩ステーキハウスのバイトの帰り、夜でも灯りをともしたその店のショーウィンドウを覗くのが、楽しみになっていた。
 生身の女性に見まごうばかりのリアルなマネキン人形たちが纏う、色とりどりの、セクシーな形に裁断された布きれ。
 ある日、ぼくはショーウィンドウのマネキンに異変が起きているのを発見した。  ひそかに「マダム」と名づけた人形が、SMクラブの女性が身につけるようなPVCのボディスーツを着ていたのだ。
 そしてその異変から三日目の夜。夏の嵐の中、店の前に立ったぼくが見たものは……。

 

 ショーウィンドウに展開されるマネキンたちの無言劇を垣間見ながら、妄想が膨らんでいく過程を、繊細なタッチで描いた異色の短篇。
 直接的なセックス・シーンがほとんどないにもかかわらず、悩ましい光景を脳裡に焼き付け、濃厚な官能性を高める手法は、もはや作者の独壇場といった観がある。
 さらに、一人称の文体が、読者と主人公の視線を重ね合わせることに成功しているため、夢のような物語であるにもかかわらず、不思議なリアリティを獲得している。
 下着一枚一枚にまで愛情がそそがれた描写の美しさは、今更言うまでもないだろう。
 舞台となった夢見山市は館作品では御馴染みの街だが、主人公が働いているステーキハウスって、もしかしたら『田ノ倉』?

「縄、少年、そしてランジェリー」
 自縄自縛!
 父の留守に、母の下着を纏って自縛プレイを楽しんでいた悠紀夫は、縄がほどけなくなり、恥ずかしい姿のまま、父の帰宅を待つしかなかった。
(パパに見られると知っていたら、もう少し、顔を作っておくんだったな……)
 パニックが去ってしばらくすると、そんなことを考える悠紀夫だった。
 やがて父が帰って来る。
 あられもない姿の息子を見た時、父・英介は最初、それを若い娘の緊縛姿だと錯覚するほどだった。
 息子が纏っているスリップが、家を出て行った妻・亜紀子のものであることを見てとった英介は……。

 血の繋がらない父と息子の関係を描いた異色作。
 そう、ここには男女のセックス・シーンは存在しない。
 それでいて、ホモセクシュアルな雰囲気があまりしないのは、主人公の少年が完全に女装をしていて、役割としての女性を演じているからに違いない。
 人間関係というものが、実は役割を演じることによって成り立っていることを如実に示すと同時に、その暗黙の了解を踏み越えて、まさにユートピアともいうべき性愛空間を描ききるところに、館作品の醍醐味がある。

「童貞 美味すぎる喪失」
 テレビの修理のために、休日だというのにマンションの一室に派遣された幸平を迎えたのは、オフィスでもないのにOLの制服を着た、亜紀という魅惑的な女性だった。
 仕事を終えた幸平に亜紀が言った。
「問題は私の肉体なの。セックスがしたくて疼いているのよ。それを解消してほしいの。……あら、ズバリすぎた?」
「セ、セックスですか?」

 主人公は、管理人を常駐させられない中小マンションの管理業務を代行し、点検とメンテナンスを行う、いわばマンション専門の便利屋のような職業。
 夢のような童貞喪失譚だが、こうした現代的な職業を登場させることによってリアリティを醸し出している。
「なんだか、プラグがソケットに嵌まったみたいだ。ピタリというかカチリというか……」
 なんてセリフは職業柄というか……。

  「淫欲輻射線」
 風俗ライター・真木比紗夫は、魅力的な中国人気功師・李明琴(り・めいちん)の治療を受けてから、彼女の不思議な魅力と神秘的ともいえる治療法の虜となった。
 彼女は人間の身体から発する輻射線ともいうべきエネルギーの波を感知することが出来る特殊な能力の持ち主だったのだ。
 治療を受けた比紗夫は、まるで催眠術にでもかけられたように、不快な症状が消えているのに驚いた。
 至福ともいえる体験だった。
 そして彼は、取材で知り合った風俗嬢・るみ子をともなって明琴のもとを訪れた。るみ子の不感症を治してもらうために……。

 これは問題作である。
 ほとんど直接的なセックス描写を書かないことで有名(?)な作者は、ついにセックスという概念すら飛び越えてしまうような途方もない官能世界に突入した。
 まるでSF小説のようなタイトルに首をかしげながら読み進むと、読者はそこに展開する「読むだけで心身ともに解放される不思議な快感」を味わうに違いない。
 そして……。

「ああ、気持ちいい。こんなの初めて……。空を飛ぶみたい。どうして? どうしてこんなに感じるの? あう、ああ、あううう!」

 この先どうなっちゃうの?
 ぜひ長篇化してほしい一篇である。

「食蟲花の夜」
 全裸に首輪を嵌め、ガーターベルトにストッキングだけを身に纏った小夜子は、自ら後手に手錠をかけ、ドアに向かって尻を突き出すように平伏した。
 レイラという源氏名で、SMクラブ『マンドラゴラ』の出張M女として働く小夜子は、指定されたホテルの一室でその夜の客が来るのを待っていた。
 やがて客がやって来る。
 いきなり靴ベラで打たれ、裸身をのけぞらせた小夜子の耳に、
「動くなッ」
 聞こえてきたのは、女の声だった。

 

 屈辱的な姿で客を待つM女の姿、その心の動きが、せつないほどに伝わって来る。
 こうした静の場面の描写と、プレイがはじまってからの動の描写の対比が見事。
 ホテルの一室を舞台にした一幕一場のSMドラマである。
 そしてこのプレイには、もうひとつ洒落た趣向があるのだが、それは読んでのお楽 しみ!

「白衣の女教師」
 卒業以来、一度も会ったことがない小学校のクラスメイト・篠原まどかからの電話は、チコ先生が自分のことをしきりに気にしているので、電話してほしいという内容だった。
 チコ先生!
 その名前を聞いたとたん、伊奈聡は背筋を撫でられたような衝撃を覚えた。
 佐々木千鶴子、通称「チコ先生」は、聡が小学六年生の頃の担任教師だった。
 最後の授業の後、先生は聡の願いをかなえてくれた。
「そう。つまりきみのお尻を叩いてやる。ビンタよりもきくし、誰にも分からない」

 お仕置き!
 その甘美な言葉の響き。
 手を机につき、お尻を突きだし、スカートをめくられ、パンティを下ろされ、屈辱的なポーズをとらされる。
 やがて来る衝撃。
 その時、痛みとともに苦痛とは違う何かが全身を駆けめぐる。
 女の子だったら、あそこが濡れてるのがわかっちゃう。
 男の子だったら、あそこがおっきくなるのが丸見え。
 恥ずかしい。
 でも、もっと叩いてほしい!
 そんなことを想像したことは、ない?
 これはセックス・シーンのない、だけど、とびっきりの官能小説。
 これを読んだら、誰もがチコ先生にお仕置きされたくなるに違いない。

                            詩織
                            

《初出情報》

『妻の調教』………………………………「特選小説」2001年6月号
『真夏の夜の下着』………………………「特選小説」97年9月号
『縄、少年、そしてランジェリー』……「特選小説」98年3月号
『童貞、美味すぎる喪失』………………「小説CLUBロマン」2002年1月号
                   原題『美味すぎる喪失』
『淫欲輻射線』……………………………「問題小説」2002年2月号
                   原題『輻射線』
『食蟲花の夜』……………………………「小説CLUBロマン」2002年3月号
『白衣の女教師』…………………………「小説CLUBロマン」2001年1月号

《書誌情報》

本書はグリーンドア社よりグリーンドア文庫の一冊(通算ナンバー613)として文庫判型で刊行された。
デジタルテキストは電子書店パピレスよりダウンロード発売中。





ISBN4-7669-4095-2
2002年4月30日=第一刷発行
発行=グリーンドア社
発売=勁文社
定価=495円+税

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