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カバーイラスト 藤居正彦
カバーデザイン 吉原夢良 


美少女と魔少年

奴隷市場

74

愛らしい穢れなき裸身を玩弄する悦び
罠とも知らず未知の性に目覚めゆく美少女
館 淳一 でしか書けない
熟女と少年と美少女の
甘く危険な性世界

ふくよかに盛りあがり、そろそろブラジャーが必要な胸の膨らみにやさしく触れ、指先でピンク色の乳首を突くと、小豆大のそれが勃起して大豆大に変化していった。
カメラによく映るよう、葉子が少女の脚を大きく割りひろげて股間を露出させる。
大陰唇はさほど発達していない。
小陰唇はぴったりと割れ目の内側に折りたたまれていて、極めてシンプルな形をしているが、>見るからに瑞々しいシェルピンクの粘膜部分は米の磨き汁を薄めたような液体で濡れ濡れになっていた。
処女にもかかわらず、少女の体は感じて男根の侵入を待ち侘びているのだ・・・・・・。

《読者からの解説&感想》

 翔太郎と葉子。
 カラオケ・スナックで知り合った二人は、同郷である上に、ある共通の体験を分か ち合う関係だった。
 子供の頃、監督と女優だと名乗る男女に誘惑され、さまざまな性的快楽を教えられ た上、巧妙な計画のもとに、結合させられた甘美な記憶……。
 互いがその時の相手だと知った二人は、自分たちもあの時の男女のように少年と少 女を誘惑してみようと思い立ち、故郷へと向かった。
 名づけて「ショッター作戦」!
 夏の終わりの海岸で、一人の少年を見つけた翔太郎と葉子は、借りた別荘へとその 少年を誘い込み、オナニーさえしたことのない彼に、淫らな快楽を教え込むことに成 功した。
 次は少女だ。
 獲物は向こうからやって来た。
 海岸に打ち寄せられた廃船の中で、調教プレイをする二人を、密かに覗いている少 女がいた。
 絶好の獲物に狂喜する二人。
 だがその少女の背後には、恐ろしい陰謀が渦を巻いていたのだ。

 子どもの頃に体験した性的快感は、その人の人生を決定づけてしまうのだろう。
 十数年の歳月をへだてて、自分たちの味わった快楽を、次世代の少年少女にリレー しようと企てる男女の姿は、いささか滑稽に見えるかも知れないが、これはこれで、 ある種の教育活動の一環であることは間違いない(って言い切るなよ、おい)。
 立場を換えてリフレインされる「青い体験」の物語である。
 舞台となるのは、館ワールドでは御馴染みの汐見市。
 東京のベッドタウンとして紹介される夢見山市とは描写のコクが違い、作者の思い 入れの深さをうかがわせる。
 そしてそこに、いつまでも少年の心を失わない、作者のナイーブな資質があらわれ ている。
 たとえばこんな描写だ。

 海からはいろいろなものが流れつく。多くは沿岸を航行する貨物船や漁船が放棄していった空き瓶、空き缶、プラスチック容器などの雑多なゴミで、次に沿岸漁業にともなう廃棄物−−魚網のきれはしやブイの破片−−など。しかし時には南の島島からと思われる椰子の実をはじめとする果実とか、わけのわからない文字が表記された無線機のようなもの部品、不思議な彫刻を思わせる、削ぎに削がれた流木など、少年の想像力を刺激するものがいくらもまざっている。

(第五章 美しき誘拐犯)

 夏の終わりの海岸で、それらの漂着物を拾い集め、宝物とする少年の姿には、孤独 と詩情が漂っている。
 そしてシーズン・オフの海辺の別荘という舞台もまた、どこか遠いものへと憧れる 少年のまなざしを反映したものに思われてならない。
 こうした瑞々しい描写が、一見荒唐無稽に見えるストーリーに、奇妙なリアリティ を与えているのだ。
 館文学の根底に流れるのは「少年小説」のスピリットであると推測する次第であ る。
 そう考えると、翔太郎と葉子の行動もまた、失われた少年時代を追体験しようとい うはかない夢であったかのようにも見えて来る。
 快楽の原点へと遡行しようとして、危険な落とし穴にはまって行く二人の姿は、ど こか映画『禁じられた遊び』の少年と少女の成れの果てといった風情がある。
 もちろん『禁じられた遊び』には反戦のメッセージがこめられていて、「遊び」の 内容も、性的なものではないのだが、どこかエロティックな想像を刺激されるのは、 思わせぶりな邦題のためだろうか?
『禁じられた遊び』を連想したのは、物語のクライマックスで、少女の危機を救おう と大活躍する少年の、こんなモノローグが心に響いたからかも知れない。
 (この子は、ぼくに神様がくださったんだ。命をかけて守ってやらないと……)

 (第十一章 処女地凌辱)

 事件が落着したのち、後日譚として描かれる「エピローグ」の爽やかで、甘酸っぱ くて、どこか切ない余韻は、数ある館作品の中でもさりわけ印象深いものになってい る。
 一方、少年の相手役となる少女は、どこか小悪魔的。

「さおりちゃんもやってみる?」
「えっ、何を?」
「おねえさんの調教」
「だって、おねえさんは私の奴隷じゃないもの」
「いいさ。ご主人さまが、やって欲しいと頼むんだから」
「そう?」
「ああ」
「そうなの?」

 (第七章 野外調教の獲物)

『美少女と魔少年』
 ん?
『魔少女と美少年』かも……!

 詩織(MLメンバー)

《作者から》

 ジャンル分けすると“ショタコン&ロリコン”ものになります。
 ショタコンの要素が強い作品としては、後の『継母と美姉弟・監禁飼育』(フランス書院)などがあります。これはその先駆けですね。
「ショタコン」は「正太郎コンプレックス」が縮められた言葉で、正太郎の由来は各説ありますが「鉄人28号」の正太郎少年に由来するというのが最も有力です。
 要するに、半ズボンや短パンをはいた年代の少年に魅力を覚える危ない性癖のことで、女性なら男性のロリコンの裏返しになるものです。男性のショタとなると、これは女性よりももっと危ない。(笑)

 この作品の核は、『チャイルド・マニア』という短編でした(「小説CLUB1992年4月号掲載)。
 そもそも、この短編を書くきっかけは、当時、東京の世田谷地区あたりで奇怪な誘拐未遂事件が続発していたからです。
 犯人は男性一人あるいは二人、時には男女のカップルという場合もあり、年齢は目撃情報がまちまちで一定していません。20代〜50代までバラつきがあるのです。
 しかも狙われるのは主に小学校の児童で、こちらも1年生から6年生までバラバラ。しかも男児、女児を問わないのです。
 手口はだいたい一定していて、「お母さんが入院した。連れていってあげる」と言って車に乗せようとするのです。
 なんと一時期、月に百件ほどの発生が報告されていた時期がありました。
 報告されるのは失敗例ばかりでしたが、それだけ発生していたら成功例もあったに違いありません。しかし、事件として報道されたのは一件もありません。これはどういうことなのでしょうか。
 それは犯人たちの目的が営利誘拐ではなく、単なるレイプでもなかったからだと思います。もちろん性的な目的ではありましたが、自分たちの欲望を満たすだけではなく、子供たちを「気持ちよくさせる」のが目的だったのではないか。たぶんショタコンの仕業だろう――と、ぼくは睨んだのです。(笑)
 気持ちよくさせられた被害者は、もはや被害者ではありません。解放されても親にも訴えないでしょう。ですから大きな事件にはなりません。もちろん、こういうのも立派な“性的虐待”として処罰の対象になりますから、そんな真似はしないように。(笑)

《書誌情報》

本書はフランス書院よりフランス書院文庫シリーズとして(通算No.0651)文庫判型で刊行された。
デジタルテキストはフランス書院ダウンロードサイトから購読できる。




ISBN4-8296-0651-7
1995年11月10日=第1刷発行
発行=フランス書院
定価=500円(本体485円)

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