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カバーイラスト 新井田孝
カバーデザイン 吉原夢良 


姉と弟・監禁調教

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両手両足を縛られ、目隠しをされた全裸の姉。
サディストと化した弟が標的にしていただけに、
美貌も、柔肌も、肢体も最高の生贄だ。
そんな亮子を監禁し、調教する――
その第一弾が、弟の剛直による破瓜の儀式だった。

《読者からの解説と感想》

《作者から》

館淳一の作品を特徴づける、パソコンを駆使したネットワーク通信による「ネットもの」は、長編としては、これが嚆矢だと思います。

当時はまだインターネットというものがなく、パソコン通信がそろそろ全盛期を迎えようとしていました。
作者はワープロこそ早く(82年)に使い初めていましたが、パソコンへの乗り換えは89年まで達成されませんでした。
ネットワーク通信をやりたい、と願うようになったのは、多彩なデータベースの存在でした。
調べものをする時間が大幅に軽減する、そのメリットが最初でした。
そのうち「これは取材に使えるな」と思うようになりました。
ある週刊誌に『MOONネット』というパソコン通信のホスト局が存在している、と伝えられたからです。
そこに『『ヴァンセンヌ牢獄』というSMマニアが集まった電子会議室が存在して、そこでいろいろな情報が流されている――と書いてあるではありませんか。

SM作家としてよりも一SM好き人間として、同好の士との出会いは貴重なものです。
それ以前までは、SMマニアとの出会いはごく限られたサークルと接触するしかなく、若い人たちがどのようなSM観を抱いているか、そういうデータはまったく得られませんでした。
また、何度も言うように、官能の分野では読者の反響というのがまったく得られません。それ以前、十年間に、作者が受け取ったファンレターはわずか2通でした。
本は売れて増刷もされる。その結果から見て2万〜3万人ぐらいの人が作品を読んでくれたと思われるのですが、その読者がどのような人たちでどのような感想を抱いてるのか、作者の側からはまったく想像もできない状態が続いていました。

作者と読者の接点として、パソコン通信は有効なものになるのではないか――そういう期待も抱いて、いよいよパソコン通信を始めたのが1989年。最初はNifty-Serveの会員でした。
やがて『MOONネット』を探しあて、『ヴァンセンヌ牢獄』にも入会しました。
期待していたのと違って、そこは初(うぶ)な、SMのことなど何も知らない青年たちの集まる場所でした。
情報の交換どころではなく、SMクラブはおろか風俗遊びもしたことのない彼らに、どうやって遊ぶか、その基礎知識をこちらが教えたりして、最初のうちは期待はずれの連続でしたが、こちらが情報を出すにつれて、徐々に経験豊富なSMマニアたちが姿を現してき、オフなどにも出ているうちに、人間的なつながりも広がってゆきました。

次に参加したのが『カフェ25時』というアダルトネットの草分け的ホスト局です。ここからは招待されるという形で参加したのですが、ここでようやく、見える形での作者のファンと接触することができるようになりました。
その一方で、データベースの利用は遅々として進みませんでした。
当時はサーチエンジンなどなく、新聞記事ひとつにしても、時間制に従量制が加味されたもので、一件目的のデータを得るのに、経費がかなりかかっていました。
結局、データベースを使いこなせる恩恵にありつくにはインターネットの登場を待たねばなりませんでしたが、そのかわりネットを使って情報を得るのは、人間を使ったほうが早い、ということが分かりました。

このいい例が、本書に登場させた、乗用車のROM書き換え技術です。
コンピュータ制御のROMは出荷時にいろいろな制限がプログラムに書き込まれています。
その制限をROMを書き換えることで外してしまう、また、新たな制御プログラムを書き込むことで、車の性能をさまざまに制御できる。そういう知識はありましたが、実際にどうやるのか、門外漢にはまるで分かりません。

そこでNifty-Serveの質問会議室に情報を求めたところ、専門家のかたがたからドッとばかりに情報の提供があり、一夜にして作者はROM書き換えについて専門家になってしまいました。(笑)
「蛇の道はへび」「求めよさらば与えられん」が以後、作者のモットーになりました。
ネットワーカーの世界には不思議と「教えてやりたい」という精神に満ちみちた人々が大勢いるのです。虚心坦懐、謙虚な心で彼らに教えを請えば、とんでもない情報もどんどん、無償で得られることが分かりました。大事なのはそういう人たちとのコミュニケーション技術なのです。

やがてネットワーク時代が到来しますが、作者がネット世界で一番、濃密な人間的交流を得られたのは、この作品を書いた頃、パソコン通信時代ではなかったか、という気がします。
この作品を読んで、「実際にこういうことができるのか」と思われた多くの読者がパソコン通信、インターネットの世界に入ってこられて、作者にファンレターが届くようになりました。ついには顔なじみになり、友人といえる人々も何十人となく出来、Nifty-Serve上に作者の専用電子会議室、掲示板などを作るようになります。
そういう意味で、記念碑的な作品といえましょうか。

ただし、当時は(今もそうですが)読者のなかでパソコン、パソコン通信などに拒否反応を示す人たちが圧倒的に多く、ネットワーカーを主人公にしたものは軒並み売れないという惨状が続き、最後にはとうとう「パソコンを道具にし、インターネットを舞台にするような作品は書いてはいけない」という編集者の厳命を受ける羽目に陥りました。
そういう意味で先駆者の苦難と悲劇をモロに味わった作品群の端緒でもあります。(笑)

《書誌情報》

本書は書き下ろし長編で、フランス書院文庫シリーズ(No.0337)にて文庫判型にて刊行された。
デジタルテキストは発売されていない。

本書は2008年6月、幻冬舎アウトロー文庫よりNo.149『地下室の姉の七日間』として、加筆補訂されて復刻された。




ISBN4-8296-0337-2
1990(平成2)年2月10日=初版発行
発行所=フランス書院
定価450円(税込み、本体=437円)

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