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カバーデザイン 記載なし


姉と弟 淫らな下着

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蠱惑的な刺激臭の匂いたつ小さな布きれに
欲望器官を脈動させる男たち……
秘密の下着スタジオへの罠は
姉と弟を禁じられた性の迷路へと誘いこみ
背徳の白濁液が燃える子宮に咆哮する。

《読者からの解説&感想》

 女子大生・日野えりなが『ローズルーム』で下着モニターをするようになったのは、ルームメイト松永佐智子に勧められたからだった。
 高級ランジェリー・ショップ『ローズルーム』は、通信販売で若い娘の使用済み下 着を売り、下着好きの男たちの夢をかなえる、一風変わった商売をしていた。
 えりなは、椎名夕子という名前で下着モニターを続けるうちに、その仕事に奇妙な 快感を感じるようになって行く。恥ずかしい姿を見られること、そしてそれによって 男性の欲望を満たすことに……。
 そんな夕子に執着を示す顧客が二人いた。
 一人は「浜田」と名乗る謎の男。
 もう一人は、えりなの実の弟・英司だった。
 一方、『ローズルーム』のママ水城静恵は、かつて彼女がその一端を担ったサギ商 法のために家族を失い、復讐鬼と化した男・鵜木弦太に襲われ、凌辱されるうちに、 不思議な快感をおぼえるようになる。それは不感症だった彼女が、生まれてはじめて 味わう性的エクスタシーだった。
 復讐を思いとどまった弦太は、静恵と組んで、『ローズルーム』を発展させたスタ ジオ『ダークローズ』を開業する。
 そして夕子(えりな)の顧客リストに、彼女の実の弟の名前を発見した弦太の脳裡 に、ある計画が浮かんだ。
(あいつらの神になってやる。おれの掌の上で彼らを禁断の欲望で悶えさせてやる… …)

 ランジェリー……。
 その魅惑の薄絹をめぐる姉と弟、そして男と女のファンタスティックな物語。
 それにしても女性の下着というのは、なんと不思議で魅力的なのだろう。見て美し く、穿いて心地よく、色とりどり、レースのついたのや、透けているものや、光沢の あるもの、機能性と芸術性と官能性が渾然一体なった、薄くはかなげな布……。
 下着は女性の第二の皮膚と言われるように、ボディにフィットした下着は、肌を飾 り、曲線を際立たせ、質感を高め、さらにその奥に秘めた情熱を予感させる。
 ゆるやかな拘束感もまた、大きな魅力のひとつだろう。
 日本にインポート・ランジェリーを広めた草分け的存在である龍多美子は、その著 書の中で、下着の拘束感について次のように述べている。

 拘束感は、時として、拘束されている本人に快感を与え、それを客観的に見る眼にセクシャルな刺激を与える。拘束されたいという感覚、拘束されているという快感、拘束の中で動く肉体、視線、心……。これらすべては、洋の東西を問わず、セックスと深くかかわっているのだ。

(『すべてはガーターベルトから始まった』KKベストセラーズ)

 またフェミニズムの論客として活躍する上野千鶴子は、

 私はパンティにこだわった。パンティにこだわる女にこだわった。女のパンティにこだわる男にこだわった。栗本慎一郎さんの言うように、人間は「パンツをはいたサル」だが、栗本さんはあとになってこのサルからパンツを脱がし、あまつさえ捨ててしまった。だが人間は基本的に「パンツをはいたサル」、しかも「パンツにこだわるサル」なのである。

(『スカートの下の劇場』河出書房新社)

 と述べている。
 栗本は「パンツ」という言葉を「文化」を象徴する記号として使用したが、上野は そこから記号性を剥奪して、もう一度アイテムとしての「パンツ(パンティ)」に眼 を向けた。
『スカートの下の劇場』が出版されたのが1989年、その同じ年に本書『姉と弟  淫らな下着』も上梓されている。
 さらに翌90年には、美術評論家・伊藤俊治によって、下着に関する興味深い考察 を含んだ本が出版された。

 

 つまり下着のエロティシズムはこれまでそれをまとう女性を象徴するものとして生じていたわけだが、現在では下着は女性の肉体に内在するエロティシズムを引きだす容器ではなく、女体の方が下着からエロティシズムを付与してもらう容器になっているのだ。エロスというたとえようのない力を与えてもらうための衣裳としての下着、これが新しい下着の基本である。
 下着は身体と衣服の新しい関係を示す。
 下着は身体という流動的で抽象的な概念をおさめる容器となる。
 下着は衣服を感覚しうるものに変える。
 そうした感覚の領域では下着は女の身体に着けるものというのではなく、下着が延長されて身体に変わってゆく。すべては下着のシルエットや表面で詩的に置き換えられ、展開される。身体と下着はわかちがたく混濁していて、身体から下着を脱がせたり、分離したりできない。それらはまぐわっているのだ。身体はもうひとつの皮膚を持ってしまった。身体でも下着でもない、しかしそのどちらの性質をも分け持つ新しい対象がそこには生まれている。
 人間の身体はこの下着のフォルムやシルエットの向こうにふっと消えていってしまい、今まで見えなかった身体が浮かびあがってくる。
 それは女が無意識のうちに予感し、肉体的に、感情的に対峙している自分についての新しいヴィジョンのようなものではないだろうか。
 下着によって身体の新しい動きが内面化され、具体化される。

(『愛の衣裳』筑摩書房)

 こうした下着に対するドラマチックな認識の変化のただ中で、われらが館淳一は、 論理としてではなく、物語を紡ぎつづけることによって、官能小説に新たな地平を開 きつつあった。
 そしてそれは、少々大袈裟な言い方をするなら「人間という概念」を読み換える作 業でもあったのだ。
 登場人物たちは、性のタブーや、日常の価値観を解脱して、名づけようもないエロ ティックな存在へと変貌して行き、それを読むわれわれの認識をも確実に変革して行 くのだ。
 本書のヒロイン・えりな(夕子)は、下着モニターを続けながら、男たちに蹂躙さ れる性的奴隷から、男たちの魂を解放する天女のような存在へと転生して行く。
 もうひとりのヒロインともいうべき静恵は、過激なSMプレイによって女としての 快感に目醒める。
 どちらのヒロインも、犠牲者、餌食といった印象からはほど遠い。
 彼女たちは、きっかけはどうであれ、自らの隠された本質を発見し、自立した意思 のもとに深い官能の世界へと飛び込んで行くのだ。
 そこに至る過程、そして心理描写に説得力があるからこそ、館淳一作品は、女性読 者にも熱い支持を受けているのである。
 一方、彼女たちと出会う男たちはどうだろう?
 実の姉に恋こがれる弟は、理想の恋人たる姉との距離を次第に縮めてゆき、ついに 最後の一線を越える。そこにあるのは暗い情念でも、禁忌を冒す罪悪感でもなく、ひ たすら純粋な「恋心」だけだ。
 復讐の暗い怨念の虜だった弦太も、どのような責めにも反応する女体の神秘に呑み 込まれるようにして、復讐という概念から逸脱して行く。
 謎の男・浜田もまた……。
 ここに悲劇の介在する余地はない。
 予定調和もない。
 ただあるのは、魂の浄化とでもいうべきハッピーエンドだけだ。
 フェティシズムを出発点に、ひたすらフィジカルに展開しながら、いつの間にかメ タ・フィジカルへと突き抜けて行く、それが「館マジック」とでもいうべきこの作家 の最大の魅力ではないだろうか?

 なお、本書には、このテの本には珍しく、児童文学者・川島誠による解説が付され ている。
 官能小説と児童文学というミスマッチ感覚も見事なものだが、「新しいSM、新し い愛のかたち」と題されたこの解説は、比較的早い時期にこの突出した作家の魅力に ついて言及した、簡潔にして適確な評価として印象深いものになっている。

 詩織(MLメンバー)

《書誌情報》

本書はマドンナ社よりマドンナメイト文庫シリーズ(た1-10)として文庫判型で刊行された。
デジタルテキストは二見書房おとなの本屋さんから発売されている。





ISBN4-579-89134-0
1989年10月25日=初版発行
発行=マドンナ社
発売=二見書房
定価=580円(税込)

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