館淳一ホームページ、ダウンロード用原稿    短編集『剥かれる』                 館 淳一      目次  剥かれる………………………………  5  ミッドナイト・ブルー……………… 53  悪魔が嗤う夕暮……………………… 98  呪縛の構図……………………………145  生贄の血は淫ら色……………………181  謝肉祭の夜……………………………229  血まみれエクスタシー………………275      「剥かれる」  1  八月も二十日を過ぎると、潮の引くように避暑客が引き揚げてゆき、軽井沢の中心、旧道の繁華街も閉店した出張店がめだちはじめた。  気晴らしに買物に出た暁子は、閉店セールの洋品店で、フランス製のネグリジェを買った。淡いピンクで、レースをたっぷりあしらっているはなやかなデザインが、なんとはなしに気をひいたのだ。 「まだご滞在ですか」  ひと夏の間に顔見知りになった店の女主人は、薄い下着類を包みながら訊いた。この店も明日には閉めて東京へ引き揚げるという。 「ええ。帰ってもまだ残暑がきびしいでしょう」  それになにをする気もないのよ、と心のなかで呟いて、暁子は品物を受け取った。 「こうやって静かになった軽井沢も、ようございきますね。ほんとうのお金持ちや大物のかたたちは、これからのりこんでくるんですって」  女主人は、片づけはじめた商品ケースから赤いビキニのパンティを取りあげた。 「心安くしていただいたお礼に、こんなものどうでしょう。これもフランス製ですけど、たまにはおつけになってみては。すてきですわよ」  手にした薄いナイロンの布地は、信じられぬほど軽く澄明だった。はいてもその下の秘めやかな部分を隠す役目は果たせそうもない。 「とってもセクシーですわ。奥様のようなかたにはぴったり。たまには旦那様をお喜ばせになってあげて」  中年太りの体をした人のよさそうな女主人はころころと笑った。  暁子は苦笑しながらも礼をいい、それを袋に入れてもらった。店を出ながら、自分が夫を亡くしたばかりの未亡人だといったら、どんな顔をしただろうか、とふと考えた。  散歩がてらにぶらぶらと歩いて帰る。山荘までは旧道からやや急な坂道を登って十五分ほどだ。山裾をめぐる林道の路傍には、芒の穂が白く風になびいている。  軽井沢の市街を見おろす感じの斜面に、暁子の山荘は建てられていた。落葉松に囲まれて古びた二階立ての洋館は、英文学の教授をしていた父が、スコットランド風の様式でつくったものだ。その古びて黒ずんだ外観は、はじめて見る人にいささか陰欝な感をあたえる。  とくに、家の北側に高く聳える樅の巨木が、黒々とした枝ぶりを洋館の屋根の上に覆いかぶせているのが、その暗い雰囲気を助長している。常人とは変わったところのある父がその樅を愛して、切ることを許さなかったのだ。  帰りついたとき、さすがに暁子は汗ばんでいた。黒いコットンのサマードレスを脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。体を拭いながら自分のヌードを鏡に写してみる。 (まだまだきれいよ、暁子)  三十歳になったばかりの裸像は、鏡のなかでエロチックなポーズをとった。豊かに張りだしたヒップ。まだ子供を産んだことのない、たるみのない腹部のなめらかな曲線、そして蒼白く静脈を浮かせた、形よく盛りあがった乳房。それは美しく豊かに成熟したおんな、そのものだった。 (この体を抱く人はいない)  一抹の悲しみと淋しさが、秋風のように体を吹き抜ける。  亡父の愛弟子でもあるB大の助教授と結婚したのは四年前のことだ。子供ももうけないまま、夫はこの春交通事故で急死した。  父も母もすでに亡く、夫も失った暁子はこの四年間閉めきりにしていた山荘を開き、孤独のなかにひと夏をすごしているのだ。  父の遺産や夫の保険金に賠償金など、暁子ひとりが生きてゆくには充分すぎるほどの金はある。しかし、熟れたおんなはやはり男が必要なのだろうか?  夫婦生活は淡泊だったのに、なぜか未亡人になってから強くなる欲望に悩まされる暁子なのだ。  2  浴室を出てかろやかなサッカーの部屋着をまとっているとブザーが鳴った。  玄関のドアを開けると、甥の徹が立っていた。 「おやじからこれを、って」  野菜の包みをさげている。この近くでとれる高原野菜を、むかしからこの土地に住んで、一帯の別荘地の管理人をしている叔父が気をきかせて届けてくれるのだ。 「どうもありがとう。あ、ついでだからお願いできるかしら。物置きに草刈り鎌があるんだけど、それ砥いでくれない? 暇つぶしに庭の手入れをしたいから」  少年は胸も露わな部屋着を着た美しい年上の女をまぶしげに見て、いいですよとうなずいた。  居間につづくテラスで、少年は鎌を砥いだ。さすがにこの土地の生まれだけあって、その手つきは慣れたものだ。砥石が滑るにつれて赤錆た鎌は、ぴかぴかと冷たく光る鋼の鋭さを取り戻していった。徹は指の腹で何度も刃のつきぐあいを確かめながらていねいに砥ぎあげた。 「これでいいでしょう」  試しに手近の雑草に刃をあてる。音もなく茎はスッパリと切れた。  少年の顔に満足げな笑みが浮かぶ。 「手を切らないようにしてください。指なんかもげちゃいます」  そういって少年は帰っていった。ジーンズをはいた長身を、少し背を曲げて歩くその動きに、なぜか暁子は野性の猫族に共通したものを感じた。  そして気がつくと、彼女は甥の残していった、強い汗の匂いにいくぶん酔っているのだ。 (いやだわ)  美しい未亡人はひとり顔を赤らめた。  そのとき、急に肌寒さを覚えた。見上げると薄雲が空を覆い、強い日射しを遮りはじめている。心なしか林を吹き抜ける風が強く冷たい。 (お天気が変わりそう……)  暁子は両腕で体を抱いて、ぶるっと身震いした。  夕方には雲は厚みを増し、いまにも泣きだしそうな気配になった。夕闇がふだんよりもはやく山荘を取り巻くようだ。 (そうだ、洗濯物を入れなきゃあ)  暁子は裏庭に急いで、けさ洗った下着類をとり入れた。 (おかしいわ)  乾いた衣類を両手に抱きながら、彼女はキョロキョロあたりを見まわした。確かにもう一枚パンティがあったはずなのに、見あたらないのだ。 (風にでも吹きとばされたのかしら、それとも……)  そのとき、轟ッ、という突風とともに、大粒の雨がばらばらと降ってきた。おもわず悲鳴をあげた暁子は大あわてで室内に駆けこんだ。後ろ手に閉めたベランダの窓ガラスに、バシバシッと、散弾のように雨滴が叩きつけられた。  暁子がひとりきりの夕食をすませた頃、山荘はすさまじいまでの暴風雨に襲われていた。テレビの報道では、太平洋沖を通過するはずの小型台風が、急に勢力を増して進路を変え、本土を直撃するという。 「中部地方の山岳部では、今夜半から明朝にかけて厳重な注意が必要です」  アナウンサーはそうくりかえした。  電話が鳴った。叔父からだった。この台風では心細いだろうから、今夜はこっちでいっしょに泊まったらどうか、と訊いてきたのだ。その家は山荘の下、歩いて五分たらずのところにある。それだからこそ彼女もあ安心してこの山荘にひとり住まいしていられたのだ。  親切はありがたいが、ひとりでもだいじょうぶだからというと、ひとのよい叔父は、なにかあったら電話してくれ、すぐ飛んでゆくから、となんべんも念をおした。  雨戸を閉めきり、戸締まりを確認して暁子は早目に寝室へ入った。叔父にああはいったものの、さすがに心細くなったからだ。強風が家全体を揺すぶり山荘を覆っている樅の巨木の枝が屋根を掃く音は不気味だった。  閉めきった室内は蒸し暑く、じっとりと汗ばむ。暁子は寝つかれないままにベッドの上で寝がえりを打ちつづけた。 (そうだわ、気分転換に、きょう買ってきたあれを着てみよう)  思いついて、いままで着ていたネグリジェを脱ぎ、昼に買った淡いピンクのシースルーになったネグリジェをまとう。イブニングドレスのように細い紐で肩から吊った形のその寝衣は、豊満で、それでいて均整のとれた暁子の肢体にぴったりとフィットした。絹も入っているらしい布地が、ほてったような肌にすべすべと心地よい。 (そうだ、これがあったっけ)  女主人が好意につけてくれたパンティをとりあげ、さすがに頬が赤らむ。まっ赤な色といい、大胆なデザインといい、いままで身につけることなど考えもしなかったものだ。  思いきって脚をとおし、はいてみる。極端に布地をきりつめたそのパンティは、あたかもヌードダンサーのバタフライのように彼女のヒップに食いこみながら、おんなのもっとも魅力的で悩ましい翳りの部分にぴったり貼りついた。 (いやだ、みんな透けちゃう)  鏡の前で、さらに赤くなった。その極薄の赤い布地は、その下のひときわ黒々とした艶やかな恥叢のふくらみを、あますところなく浮かびあがらせているのだ。 (たしかにセクシーだわ)  シースルーのネグリジェの下の、その淫らなまで大胆な赤い下着の、きつく柔肉に食いこむ感覚をいつしか楽しみながら、暁子は円を描くように身をひねった。長いレースの裾がふわっとはためき、香水と女の体臭のほどよくミックスされた芳香が寝室に広がる。  3  林道に沿った林の、繁みのなかに雨に打たれた二つの黒い影があった。 「だいじょうぶか」  年上の男がもうひとりの若いほうの男に声をかけた。 「ああ。弾丸(たま)はかすっただけらしい」  苦痛をこらえた声が答える。 「畜生め。あの刑事(でか)、殺してやればよかった」  年上の男が、野獣のようにぎらぎらと光る目を四囲に走らせた。耳をすませ、嵐をとおして聞こえるほかの物音をとらえようとしている。 「とにかく警察はまいた。奴らは俺たちが南へ逃げたと思いこんでいる。まさかこっちの方角に来ているとは夢にも思うめえ。おまけにこの嵐だ、俺たちはついているぜ。さて、どこかそのへんの別荘にでも潜りこむとしようぜ。そうすりゃ傷の手当もできる……」  そういった男の視線が、暗闇のなかにぽつんと光る灯りを見つけた。 「む。あそこに人の住んでいる別荘があるらしいぜ」 (あの女(ひと)はこんな薄い、ちっちゃなパンティをはいているのか)  徹は寝床の上に、暁子の山荘で、こっそりとポケットに忍ばせてきたパンティを広げていた。  レースで縁どられた黒いナイロンの布片は、セロファンのように薄かった。おんなの秘めやかな部分を覆っていた個所に鼻を押し当てると、洗剤の匂いに混じって、ほのかな香水の香りがした。まだ女体を知らない少年には、あたかもそれが、あの美しい叔母が分泌し発散する匂いにほかならないような錯覚さえ覚えるのだ。  やがて少年は全裸になって寝床に横たわり、そのなまめかしいランジェリーを、逞しくも隆起した自分の男性に押しあて包みこんだ。すべやかなナイロンの感触が、めくるめくような快感を誘(いざな)い、少年は若鹿のように引き締まった肉体を打ち震わせ、ひそやかな指の動きをしだいに激しくしてゆく……。 「ああ……」  閉じた瞼(まぶた)の裏に、なにもかも剥ぎとった暁子の裸身を、さまざまに淫らなポーズをとさせながら、その空想にさらに挑発され、徹は呻き声をあげた。 「叔母さん……」  体奥から熱く煮えたぎる白い溶液を、パンティの布地へ噴きあげさせ、少年は裸身を痙攀させ、ぐったりとなった。強い栗の花の匂いが広がる。  ふだんなら、そうやって欲望を放出したあとはいつしか眠りに落ちるのだが、きょうは嵐のせいか、目が冴えている。  最後に暁子に会ったのは四年前だ。あのときは徹はまだほんの子供で、暁子のことをきれいな叔母さんくらいにしか思っていなかった。だが、いまは違う。  あの暁子の、美しくも妖しい、成熟した肢体が目の前に浮かぶ。 (俺はあの女(ひと)に恋してる)  やがてこっそりと少年は起きあがり、服と雨合羽を着て嵐のなかへ出た。誰も、暁子自身さえ知らないのだが、少年はよく夜中に山荘のまわりを徘徊し、寝室や浴室などを覗き見して暁子の人目を意識しない肢体に欲情をたぎらせる行為に耽るようになっていたのだ。今晩も、もうひと目だけでもあの美しい叔母の姿を見たいという思いが少年を支配していた。強い嵐によろめきながらも、徹は身を低くして山荘への坂を登ってゆく。  ガチャン。  ガラスが割れる音に、とろとろとまどろみかけていた暁子は、ハッと驚いてベッドのなかで身を固くした。 (なんだろう?)  音は廊下から聞こえたようだ。 (おそらく風で吹きとばされたなにかが、窓ガラスにあたったので、ガラスが割れたのかしら……)  そう思って暁子はベッドから抜け、ナイトガウンをネグリジェの上から羽織った。  寝室を出たとたん、いきなり背後から強い力で抱きとめられ、羽交い締めにされた。  叫ぼうとする口に、ガッと掌がかぶせられる。 「静かにしろ」  ドスのきいた声が耳もとでして、冷たいナイフの羽がぴたり、と喉首に突きつけられた。  侵入者は二人だった。  暁子を押さえつけたのは、愚鈍そうな顔をした二十歳ぐらいの男で、もうひとりは、三十すぎ、やせぎすで頬がこけ、目が鷲のように異常に鋭い。どちらもその表情の奥に粗暴な残忍さを秘めていた。  若い男が暁子を押さえつけているうちに年かさの男がすばやく山荘のなかを調べ、ほかに住人のいないことを確認する。  それから、暁子の前に立ちはだかると、ぞっとするような冷たい声でいい放った。 「俺たちは警察(さつ)に追われている。こいつは殺人犯で、人間を殺すなんでなんとも思っちゃいない男だ。起らすとなにをするかわからないが、おとなしくしていれば命だけは助けてやる。いいか」  蒼白の暁子の顔がうなずいた。 「よし。次郎、放してやれ」  次郎と呼ばれた若い男が、抱き締めていた手を放すと、恐怖のあまり呆然となった暁子の体が床に崩折れそうになる。その腕をぐいとひっつかみ、兄貴格の男が命令する。 「こいつは射たれて脚に怪我をしているんだ。手当をしてやれ」  居間のソファに、次郎はずぶ濡れの上衣と血塗れのズボンを脱ぎ、ランニング・シャツとブリーフだけになって仰向けに横たわった。 「ひどい……」  暁子はおもわず口もとに手をやった。  膝の少し上を銃弾がえぐっていた。傷口がざっくりと開き、血と男の獣じみた体臭が吐き気をもよおさせる。 「たいしたことはない。血管ははずれているし出血も止まっている。消毒してやれ」  場数を踏んでいるらしく、痩せた男は慣れた態度だ。薬箱から消毒薬をとり出し、裂けた傷口に流しこむと、次郎という男はかすかに呻いた。しかし、それ以外は平然としている。その忍耐力に暁子は舌を巻いた。  横たわった次郎は、自分の上にかがみこんで包帯を巻く女の香水と体臭、それにナイトガウンの襟もとからこぼれるむっちりした胸もとの白い肌に、急速に発情しはじめたらしい。ブリーフの下の男性を隆起させつつあった。 「この野郎。女(スケ)の匂いを嗅いだらもう興奮しやがって。もっともシャバの空気を吸うのも何ヵ月ぶりだから、無理もないか」  背後で年かさの男が笑った。とすれば、この男たちは脱獄囚なのか。  首すじにまたナイフの冷たい刃がぴったり押しあてられた。 「どうだい、奥さん。この次郎って男は俺の弟分だが、ここんとこ女っ気なしでな、かなり飢えているんだ。ひとつ、おまえさん慰めてやってくれないか」  美しい未亡人の頬から、さっと血の気が引いた。ナイトガウンの襟もとを押さえる手に力が入る。 「まあ、そんな顔をしないでくれよ。手はじめに着ているものを脱いで、裸になってもらおうか」  猛禽類のように鋭い目をもつ男は、暁子の黒髪をぐいとわしづかみにすると、ナイフの切っ先を蒼ざめた頬へ近づける。 「イヤとはいわせねぇ。いうことをきかなきゃ、このきれいなご面相に、ふた目と見られない傷がつくぜ。ええ」  暁子は目を閉じた。観念するよりない。この嵐の夜、人里離れたこの別荘ではなんの助けも期待できない。さからえばこの兇暴な男たちはどんなことをするかわかりはしない。 わななく朱い唇が、かすれた声を吐く。 「わ、わかりました。いうとおりにします。ですから傷をつけないで……」  残忍な笑みが、年かさの男の薄い唇を歪めた。 「よしよし。そうこなくちゃあ。おい、次郎。この奥様がおまえのために、特別にストリップ・ショーを演(や)ってくれるそうだ。ありがたく拝めよ」  どん、と背を押されて、ソファに横になった半分裸の男の前に突きだされた。次郎は淫らな期待に、愚鈍そうな顔を欲情にてらてら光らせ、暁子を見あげている。汚れたブリーフの下の屹立(きつりつ)はもう布地を張り裂かんばかりだ。  暁子は、ナイトガウンのベルトに手をやった。結び目を震える手でほどきながら、ついさっきネグリジェと下着を着換えたことを後悔した。こんな挑発的なものを見たら、男たちはよけいに欲望を煽られるにちがいない。  しかし、いまさら遅かった。血の気の失せるほど唇を噛みしめながら、彼女はガウンを肩からすべりおとした。 「おおう」  期せずして二人の男の口から、唸り声にも似た驚嘆の声が洩れた。 「すげえ色っぽいのを着てるじゃねえか。それに体つきも抜群だ。こいつは俺たちはいいところへ飛びこんだものだ」  兄貴分の痩せた男は、細い肩紐で吊られた胸も二の腕も露わな、ピンク色の刺激的な透けたネグリジェに包まれたおんなの豊艶な肉体に圧倒されたように目を細めた。  そのシースルーの薄い布地の下、むっちりと官能味豊かな白いヒップに、ぴっちりと食いこんみ、濡れたように肌に密着した超ビキニのパンティの真紅が強烈な印象を視姦者たちにあたえる。 「兄貴。こんないいものを着た女を見るのははじめてだぜ。見ろよ、この豪勢な寝巻」 「そうさ。そこいらへんの商売女とは違うぜ。なにせ別荘を持つほどの金持ちの奥様だからなァ。さあ、そのきれいなお寝巻の前をちょっと広げて、おっぱいを見せてくれねえか」  卑猥な会話と、全身をねっとりと舐めまわすような淫らな視線に嬲られて、耳朶まで桜色に染めた美しい未亡人は、前あきの胸もとをとめているリボンに手をやりながら、さすがにためらった。 「どうした、はやくしねえか!」  好色な期待にいらだった年かさの男は、いきなり暁子の首すじをつかむと、右腕をふりかぶりざま、平手でネグリジェの薄い布地の上から、豊かに張りだした臀丘を打ちすえた。  ビシッ! 「あっ」  形よい唇が驚きと突然の苦痛に歪んで短い叫びを吐く。 「いうことをきかなきゃ、痛いめにあうぜ。はやくおっぱいを出すんだ。減るもんじゃなし、いいだろうが」  弾力性のある張りきった肉体をしばく手応えに酔った男は、つづけざまにバシ、バシ、と打撃を加える。 「ああ。やめて、やめてください。いうとおりにしますから……」  見知らぬ男に首根っ子を押さえられ、幼児のように尻を打たれる苦痛と屈辱に身を震わせ、大粒の涙を目尻から溢れさせた暁子は男がスパンキングをやめて手を放すと、ソファの前の床の上にがっくりと膝をついた。 「よしよし、ものわかりがいい奥さんだ」  すすり泣きながら、ぶるぶる震える手で胸もとのリボンへ手をやる女体を、冷酷な侵入者たちはうす笑いを浮かべながら眺めている。  はらり。  リボンが解かれると、乳房を覆っていたレースをあしらった布地がぱっと垂れて、みごとな半月形をした白い乳房が飛びだす。 「ううん。す、すごいおっぱいだな。いい形してるぜ」  暁子がかがんだため、ほとんど手を伸ばせばすぐのところに展開される豊熟した双球の悩ましいふくらみに、次郎は涎を流さんばかりにして狂喜した。そして狂わんばかりの欲望にまかせ、半身を起こして、その毛むくじゃらな無骨な手をさしのばすと、掌でそのぷりぷりした脂肉の半球をわしづかみにした。 「ああっ!」  おぞましい感覚に、悲鳴をあげて美しい犠牲者は身をよじって逃げようとする。しかし背後の男が、そうはさせじとぐっと抱きとめ、逆に横たわった弟分のほうへ女体を押しつけるのだった。 「次郎。どうだ、たっぷりいじってやんな」 「あ、兄貴。柔らかくて、ぷりんぷりんしてたまらないぐらいいいおっぱいだぜ……」  自分の上に覆いかぶさるようにされた女体を目のあたりにして、次郎は欲情に目をギラつかせ、両の手にあまるような双球の肉塊をぐりぐりと揉みしだき、こねまわす。 「む、むう……」  抵抗しようにも、背後から強い力で抱きすくめられ、二の腕をがっしり押さえられた暁子は歯をくいしばり、そのおぞましくも淫らな責め苦に呻き、あえいだ。  ごつい指の荒々しい刺激に、やや濃く色づいたバラ色の乳首が、しだいに硬くとがりだす。 「おうおう、この乳首、立ってきたぜ」  まるで幼児のように目を輝かせて、横たわったままの嗜虐者は傷の痛さも上体を起こし、その分厚い唇を、半球の頂点、イチゴの実のような突起に近づけた。 「ああ……」  ぬらっとした唇に敏感な尖(とが)りを吸われ、ぺろぺろと舌で舐めまわされて、女は白い喉をのけぞらせるようにして悶えた。 (ああ、たまらないわ)  もう一方の乳房を、あいかわらず責め嬲られつつ、暁子は乳首を中心にして全身に強い電流が駆けまわるのを感じていた。電流は下腹部の中心に達すると火花をあげてはじけ、その奥にあるなにものかに点火させたようだ。 「う、うむ……」  熟れた女体があえぎ、熱い吐息をつく。自分の体に加えられる屈辱的な仕打ちと、荒々しい手と舌の嬲りに、孤閨(こけい)を強いられてきた若い未亡人は急速に発情していった……。  山荘の外の嵐は、なおもその兇暴さを増しつつあった。  4  暁子の背後の男は、胸乳をいたぶられて悶える腕のなかの女体が、香水とは別に強い芳香を放ちはじめたのに気づいた。 (この女、発情(さか)りはじめたな)  痩せた年かさの男は、うすい唇を歪めて笑うと、ぐいと引き起こして床に立たせた。  吸っていた乳房を奪われて、次郎は愚鈍そうな顔に不満の表情を浮かべる。 「まあ、あわてるな。この奥さんにストリップをつづけて、きれいなあんよまですっかり見せてもらおうじゃあないか」  ああ、と美しい未亡人はかすれた声を洩らした。この獣のような男たちの前で裸になるなんて……。  激しい屈辱と羞恥の底に、それとは別に熱く疼きだす不思議な感覚があった。 「ほらよ、はやくしな」  ピシ、とまた臀をしばかれると、苦痛といっしょに倒錯めいた快美がじん、と全身へ波紋のように広がる。 (どうとでもなれだわ)  暁子は我が身を襲った一種マゾヒスティックな被虐への期待感に煽られるように、細くきゅっとくびれた腰へ手をやり、エロチックなネグリジェの前を合せているウエストの細いベルトをはずした。うすいナイロンが、ドラマチックにふわっとはだけ、その下の輝くばかりの女の妖美さをたたえた熟しきって男にむさぼられるのを待つような裸体を露わにした。 「ふう、う」  二人の好色な侵入者は、ほどよく脂をのせてぬめりと光るような艶やかな肌が形づくる悩ましい曲線に息を呑んだ。  砂時計のようにくびれたウエストが、量感をたっぷりたたえながらまるく張りだしている。そして真紅の透明なナイロンに包まれた、黒ぐろとした叢の地帯の微妙な盛りあがりは、どんな男の心も溶けさせてしまいそうだ。  絹のような高価そうな肌の上を、ネグリジェが悩ましい衣ずれの音をたてて床に滑りおちた。 「ああ、はずかしい……」  ギラギラと飢えた野獣のような目に存分にいたぶられ犯されて、極端に小さく、うすいパンティをはいただけの女体が、全身を熱くほてらせ、さすがに両手で羞恥の中心を覆う。  部屋中に広がる暁子の香(かぐ)わしい体臭に酔った男が、うわずった声で命令する。「そのパンティもとれ」  鞭に打たれたようにビク、と裸身をふるわせた未亡人は、全身を桜色に染めながら、おずおずと腰に食いこんだきついゴムに手をかけるのだった。 (夫にもあまり見せなかった部分を、この男たちに……)  嬲られる悲しさに、つい頬に涙をひとしずく伝わせながら、羞恥とは別の燃えたつような感覚に身をわななかせ、暁子の白くたおやかな指が動いた。  赤いナイロンが下へよじれるようにずらされ、むうっと密生する艶っぽい黒い恥叢を視姦者たちにさらす。あとは一気に膝下まで脱ぎおろして足首から引き抜くと、片手で前を隠しながら暁子は、ぼうっとしたようになって床に膝をついた。 「隠すことはないぜ」  痩せた男がぐい、とその腕を後ろへねじる。 「ああ」  一糸まとわぬヌードをさらしたおんなは、唇を噛み、顔をそむけた。 「す、すげえ、兄貴! いい眺めだ」  ぴったりと内腿を合せている、その女らしい中心を視姦しながら、次郎は唸った。 「ほらよ、次郎があんなに喜んでるじゃないか」  男が、まるはだかのヒップをまたピシッとしばいた。 「もっと傍へ寄って、たっぷり観音さまを拝ませてやんな」  前を隠せないように両腕を後ろにねじりあげられた美しい女体が、ソファに横たわった男の顔の前に押しだされる。 「いや、ああン。いやよう……」  ごつい次郎の手が内腿をつかみ、ぴっちり合わさったミルク色の二本の円柱をぐいとこじあけると、暁子の紅唇から、むせぶような甘い哀訴の声が吐きだされた。 「兄貴。この女、まだ子供産んでいないぜ。いい色してる。おうおう。こんなに濡らしてるぜ……」  いや、いやと首を振りながらも、熱い息を敏感な部分に受けるほど近々と、おんなのもっともはずかしい個所をあからさまに目で犯され、若い未亡人はサーモンピンクの肉の奥から、とろりとした香ばしい蜜を吐きだすのだった。  そのとき、ひときわ強い暴風が樅の巨木を揺るがし、山荘を覆うその枝々がざざあっ、と屋根瓦を打ち叩いた。それはあたかも、天の神の、地上の淫欲にふける人間たちに対する怒りでもあるかのようだった……。  5 「あっ、あっ、もう許してぇ……」  絶え絶えの女のやるせないむせび声。  室内は欲情した男と女の体臭で充満している。  生まれたままの姿にさせられて、両腕を後ろにねじりあげられた暁子の肢体が、ソファに横たわった次郎の上半身をまたぐような姿勢を強要されている。そして、夫にも見せたことのない部分を、この魯鈍そうな男の指と舌の責めるがままにされでいるのだ。  淫猥な音とともに、暁子の妖美な下枝が悩ましげに悶える。  やがて、たっぷりと花蜜の泉を味わった次郎が、哀れな受刑者を押さえている年かさの男に訴えた。 「兄貴、もうたまらねえ。のせてくれよォ」 「よしきた」  痩せた男は、また強く白挑のように艶やかなヒップを打ちしばき、いまや内奥から溶けるような欲望に全身を燃えたたせている女体を、次郎の仰向けの体の上に追いやる。 「ブリーフを脱がせてやれ。傷にさわらんようにな。そっとだぞ」  きれいにマニキュアをほどこしたたおやかな指が、汚れた下着を引きおろす。 「あっ……」  夫のものしか知らない暁子を、魂ぎえさせるようなのが聳えたっていた。白魚の指がからみつき、むっちりしたヒップがそっと下へ沈んだ……。  ソファのスプリングがギシギシきしみ、横たわった男の上にまたがった全裸のおんなは髪をふり乱してのけぞった。そのぷりぷりと揺れる乳房をぎゅっと揉みしだきながら、次郎は熱い柔肉の奥へ、どろどろの溶岩を噴きあげさせ、白目を剥いて歓喜の声を吠えたてた。  その狂態を見やりながら、自分も昂まりきったものを握りしめ、自慰に耽る痩せた男は、自分たちの背後、ベランダの窓の外から覗いている黒い姿があるのに気づくよしもなかった。  徹である。  先刻から少年は、自分が憧れていた美しい叔母が、二人の男の手で弄ばれ、犯されるのをガラスごしに眺めつづけていたのだ。  それとは知らずに、兄貴分の男は、自失したような女体を、ソファの上から引きおろした。 「ああ……」  目をとろんとさせた未亡人は、余情に裸身を打ちふるわせている。何ヵ月ぶりかの男との交渉、しかも猛々しい狂暴な凌辱は、孤閨を守ってきた暁子を内側からバラバラにするほどの絶頂をあたえたらしかった。その腰が、まだ淫らにくねっている。 「さあて、今度は俺の番だぜ」  下腹部を剥きだしにしたまま、疲労から急速に眠りにおちいった次郎をそのままに、年かさの男はよろける女を浴室へ追いたてた。  一部始終を硬直したようにみつめていた徹は、そのときになって行動を開始した。まずテラスに置いてあった、夕方自分で砥いだばかりの草刈り鎌を手にする。指の腹で刃にそっと触れてみて、切れ味を確かめ、家の横手にまわった。すぐに廊下の窓が破られているのに気づく。侵入者たちが入ったところだ。猫のようにしなやかな身のこなしで、徹も窓から家の中に忍びこんだ。  居間では、次郎が愚鈍そうな顔を満足げに弛緩させて眠りこんでいた。足音をたてないようにしてドアのところでなかをうかがった徹は、いったん鎌を置き、てばやく着ているものを脱ぎ捨てて素っ裸になった。それから、そっと居間へ入りこむ。  熟睡に入りかけていた次郎は、それでも犯罪者特有の過敏な神経で、人の気配に気づいてうす目をあけた。  ばすっ!  砥ぎすまされた鎌の刃が一閃して、次郎の喉首をかき切った。経動脈から凄じい血しぶきをあげながら、若い凶悪な犯罪者は声もあげずに絶命した。  上半身にべっとりと血潮を浴びた少年は、身をかえすと、暁子が連れこまれた浴室へ忍び寄ってゆく。 「四つん這いになれ」  冷やかな男の命令のまま、濡れそぼった女体が浴室のタイルの上に犬のように這った。(こうaAブラウスの上からカーディガンをはおった未亡人は、与志雄に茶を勧める。  沈黙があった。その気づまりを打ち切るように紀美子はきりだした。 「なんとお礼をいってよいか。……それでお礼のほうは……?」 「かんたんなことです」  与志雄は冷たい口調で答えた。 「昨夜のあの豚みたいな男と、あなたの関係をお聞きしたい。文学賞も受けた作家、羽根尾五郎の未亡人が、主人が死んでから二ヵ月もたたないうちに、よりにもよってあんな男と寝る理由をね」  紀美子の顔がさっと蒼ざめ、こわばった。  彼女のことを近所あたりで聞きこんで調べてきたものらしい。いったい、なんのために……。 「お答えしたくありませんわ。あなたに関係のないことです」 「そっちになくても、こっちにあるんだ」  昨夜、夜の白むまで九鬼に弄ばれた美しい女の顔に荒淫の痕跡がなまなましく、それがはっとするような凄慘なエロチシズムの輝きをあたえていた。年上の女は能面のような無表情で告げた。 「お帰りください。イヤリングはお持ち帰りになってけっこうです」  立ちあがろうとした瞬間に、与志雄がその頬をいきなり平手で殴りつけた。  ビシッ! 「あッ」  激しい衝撃に紀美子が後ろによろめいたのを、残忍な輝きを目に宿した青年がさらにもう一発、美貌が歪むほどの痛烈な一撃を浴びせる。  たまらずにか細い体がふっ飛び、絨毯の上に転がった。ぱあっとプリーツのスカートがめくれ、むちむちとした乳白色の太腿が、つけ根のあたりまで剥きだしになった。 「奥さん。なめるんじゃねえよ。いいたくなけりゃ、あんたの体に聞くぜ」  紀美子は四つん這いになって立ちあがろうとした。その首根っこを強い力でぐいと押さえつけられる。もう一方の手が、乱れたスカートの裾をさらに一気にめくりあげる。 「ああッ」  白いスリップごと腰までたくしあげられると、面長の顔つきからは信じられないほど豊かに張りきったヒップが男の目に露わになる。  女の成熟そのものの官能美を見せるボリュームたっぷりの臀丘は、肌色の小さなビキニパンティに包まれて、そのナイロンの薄布ははちきれそうだ。  もがき、抗(あらが)うのをかまわず、与志雄の指が肉に食いこんでいる肌着の腰ゴムにかかる。 「いやっ」  ぐいと薄地の布が引きおろされると、水蜜桃のようにみずみずしい、熟れた女のヒップが剥きだしになる。 「いいケツだ。見てるだけでたまらなくなる」  薄い唇を舌なめずりした年下の男が、腕をふりかぶった。  ビシッ!  肉を撃つ鈍い音に、ひい、という悲鳴が交錯した。白い汚点(しみ)ひとつないおんなの肌に、パッと赤い打痕が手型なりに浮きあがる。 「いや、いやっ!」 「いやなら答えろ!」  男は吠えて、さらに痛烈な一撃をみごとな弾力性のある曲面に浴びせる。 「ひいっ!」 「どうだ!」  バシ、バシッ!、と無惨な連打を浴びせられ、むっちりと張りきったヒップがうねうねと揺れて、みるみるうちに赤く腫れあがる。 「おお……」  紀美子は犬のように這わされて、赤ん坊のように剥きだしの尻を打ちすえられる屈辱と羞恥に、全身を炎のように熱く、桜色に染めて呻いた。  美しい眸から雨粒のように涙が溢れて床にしたたり落ちる。  与志雄は悶える女体の放つ、なまなましい女の香りにさらに激情を煽られた。ズボンの前を高く持ちあげながら、さらに力まかせにまるい臀丘を打ちすえ、年上の女のあげる悲痛な叫びと、エロチックな下肢のふるえ、弾力性のあるしたたかな手応えに酔うのだった。 「やめて、やめてぇ。もう……」 「よし、いうか」  勝ち誇ったような年下の男の声に、泣きじゃくる女は、乱れた黒髪を床に広げて、がっくりと打ち伏すのだった。  4  真新しい仏壇が据えられた奥の和室に、美しく成熟した未亡人は着ているものを引きはがされ、素っ裸にされて追いやられた。  身につけているものといえば白いソックスだけの、たおやかな裸身が床柱を背にして膝立ちにさせられる。両腕を頭上にかざした紀美子は、細紐で高手小手にくくられた腕を床柱に固縛された。きゅっと形よくくびれた細いウエストにもぎりぎりと縄が巻きつけられた。  両膝はいっぱいに割り広げられて、脚のあいだにこじりとおされた長箒(ながぼうき)の柄が両腿に固定され、完全に剥きだされた女の羞恥の地帯を隠すことを不可能にする。 夫の新しい位牌と、神経質そうな痩せた遺影が頬笑む傍らに、まだ若さをたっぷりたたえた未亡人は、まるで天になにかを捧げるような姿態で裸身を冷酷な訊問者の前にさらしていた。  そのすぐ前にあぐらをかいてどっかと腰をすえた与志雄は、勝手に冷蔵庫から取りだしてきたビールをコップにつぎ、うまそうに喉を鳴らして飲むのだった。 「さて、奥さん。それじゃ白状してもらおうか。あの豚野郎は、どこの誰だ」  鋭い刃が柔肌を裂きでもしたかのように、年上の女は、びくりと裸身をふるわせた。意外に濃く密生した、下腹部のふうわりとした羞恥の盛りあがりが悩ましくふるふるとそよぐ。 「おやおや、いわない気かね。さっきは泣きながら許してくれと叫んだのに」  そっちがその気なら、と若い男は手にしたものをいい香りのする女の肌に近づけた。 「あっ」  電流のような震えが紀美子の全身を走った。  与志雄の手にあるのは、亡父の机の上から見つけてきた羽ペンだ。白い水鳥の羽先が、くろぐろとした悩ましい繁りを見せる腋窩から乳房の横をとおって脇腹へスッと撫でおろしたのだ。 「ひい、ひっ」  黒髪が左右に振り乱れ、堪えがたいくすぐったさに紀美子は悲鳴をあげた。 「ふふ。この調子じゃ敏感なタイプだな。これだけさわったくらいでそんなに腰を振るとは……」  ビールのコップを片手に、冷酷な青年はさらに白い羽根を軽く柔肌に近づけ、さっとひと撫でする。 「ひいーッ。や、やめてぇ」  紀美子の絖のように艶やかな美肌にどっと脂汗が噴き、なまなましくも悩ましいおんなの匂いがむうっと強くなる。 「よし、それならいえ」 「いい、いいます……」  気の狂いそうなくすぐり責めの拷問に屈伏した女は、またもや悲鳴に泣きじゃくるのだった。 「あの男は、夫の本を出版している海王社の文芸部にいる男です……」  やがて羽先のいたぶりを受けつつ、紀美子は訊問者に応えてとぎれとぎれにしゃべりだした。  出版社員の九鬼は、紀美子の亡夫、羽根尾五郎が新人文学賞を受賞してからの担当編集者であった。彗星(すいせい)のようにデビューしてから五年、五郎が二ヵ月前に三十六歳の若さでクモ膜下出血で急死するや、九鬼はある事実をもって美しい未亡人を脅迫にかかったのだ。 「その脅迫とは……?」  しばらく口ごもった女は、乳房のまるみの横を撫でられ、悩ましく苦悶してから告白した。  じつは彼のベストセラーとなった短篇集のうちの数篇が、海外の無名の小説からの盗作、盗用だったのを九鬼は発見したのだ。注文に追われてアイデアの枯渇(こかつ)した時期、五郎は苦しまぎれに、誰も知ることのない海外雑誌から、登場人物の設定や文章の構成までを、かなりの部分にわたって盗んだのだ。 「もし、それが発表されれば、夫の作品はたちまちのうちに価値を失います」  そうすれば印税も入らなくなり、紀美子の生活は窮迫を余儀なくされる。 「夫の作品を守るためにも、私は九鬼のいうなりになって身をまかせたのです……」  そこまで告白して、縛られた夫人は号泣した。 「そうか。そこまではわかった。それで九鬼って男は家族がいるのか」 「いえ、いまもひとり暮らしのはずです」 「ふむ。そりゃあいい」  与志雄は満足げにうなずくと、残りのビールを一気に飲みほした。 「よし、仕事は終わりだ。それじゃこれから、奥さんをお慰めしようか」 「ああ、なにをなさるの。もう許して……」  若い男の指が下腹部の繁みをかきわけて、秘草に縁どられた仇っぽい雌花を剥きだしにすると、紀美子はまっ赤になって叫んだ。 「ほほう。どうしてここがこんなに濡れているのか」  コーラルピンクの肉襞の奥から、透明な蜜が溢れだし、内腿までを濡らしている。 「奥さん。どうやらあんた、マゾの気があるのとちがうか。昨夜タクシーのなかで嬲られて気分を出したり、俺に苛められてこんなに洪水になるというのは……」  やがて膝立ちの姿で縛られた女体が、ひいっとかん高く叫んで苦悶した。与志雄の手にしたビール壜がどっぷりと濡れそぼった柔肉の通路にあてがわれ、ふかぶかと埋めこまれたからだ。  5  与志雄が訪れた翌日から、羽根尾夫人の姿がマンションから消えた。  彼女の失踪を知って呆然となったのは、九鬼である。 (畜生。いったいどこへ行ったのだ「「?)  彼女からは三日間連絡がない。  マンションの部屋も訪ねてみたが、紀美子がいる気配はない。 (最後の晩、あまり責めすぎたか「「)  乱雑な編集室で、短いガニ股の足を机の上に投げだし、べんべんとした太鼓腹を突きだして、九鬼は紀美子の白くたおやかな裸身を脳裏に再現させた。  若い頃から体質的に太るたちの彼は、その醜い容貌もあいまって、まったく女性から関心をもたれなかったので、性欲のはけ口はもっぱら金で解決するよりほかに方途はなかった。  その彼の前に登場したのが、俊鋭作家、羽根尾五郎夫人の紀美子だった。  新人のときから担当して家へ出入りしていた九鬼は、いつの日かこの美しい夫人を抱くことを夢想するようになった。  そこへ突然の羽根尾の死だ。夫人に頼まれて遺品や資料を整理しているとき、偶然海外から送られてきた文芸誌が数冊目にとまった。開いてみると、ぎっしり赤鉛筆でアンダーラインが引かれ、書きこみがなされている。  注意深く読んでみた九鬼は仰天した。それらは傑作として激賞された短篇と同じ内容、ストーリーではないか! 羽根尾は自分の才能の枯渇をさとられまいと、誰の目にもとまらぬ海外の無名作家の作品から盗作していたのだ。  そして、九鬼はようやく紀美子を自分の欲情の犠牲にさせる方法を発見した。 「この事実をばらすぞ」  そのひとことで、紀美子はこの豚のように太った中年男の前にみずから裸身をさらしたのだ。  長いあいだ横恋慕していただけに、いったん自分の自由になると、九鬼は三日とあけずに紀美子を抱き、弄んだ。  あまりにも太りすぎているせいか、肉体的には九鬼の欲望は強くはない。一度噴いてしまうと、あとはなかなか再起しない。  それゆえ、この中年男は前戯にかなり長い時間をかけ、猫が捕えた鼠をさんざん嬲りものにするように、紀美子の裸像を苛(さいな)むのがつねだった。  体を動かすのがにがてだから、この男のサディスティックな傾向は、紀美子に自分自身を辱しめる方法をとらせるようになっていった。  あの晩も、タクシーの中で運転手のいる前でさんざんに指弄したのち、部屋へ連れこんでから仏壇の前へひったて、その豊臀を広げさせ、アヌスの奥にたっぷりとマヨネーズを塗りこめてから……  そのとき、隣りのデスクの男が声をかけた。 「九鬼さん、電話だぜ」  白昼夢を破られた九鬼は不機嫌そうに唸って受話器を耳にした。突然、落ちくぼんだ目が大きくみひらかれる。 「紀美子……!」  電話線のむこうで、まぎれもなく紀美子の細い、ややハスキーな声が語りかけてきたのだ。 「九鬼さん? 紀美子よ。留守にしててごめんなさい」  その声には、女っぽい媚がいっぱいに含まれているようだ。 「じつはあるお店にお勤めすることにてしたの。それでそのお店へ住み込むことにしたのよ。でも一度お会いしたいわ。あなた好みのすてきなお店なの」 「い、いったい、なんの店だ」 「レストランよ。それも最高級の。今夜ご招待したいわ」  紀美子は一方的に、夜の九時に、先日の晩タクシーを拾った公園通りで待っているように告げた。そこに迎えの車をよこすという。 「じゃあね、お待ちしているわ」  セクシーなふくみ笑いとともに、電話は切れた。  九鬼はしばらく受話器を握ったまま呆然としていた。逃げたと思った美味な獲物が、また舞い戻ってきたのだ。 (それにしても、レストランとは……?)  その夜九時、いわれたとおりに九鬼は公園通りのあのレストランの前に佇(たたず)んでいた。  やがて夜霧の底から湧きでるように、一台のスポーツカーが近寄ってきた。  象牙色のボンネットに毒々しい蜘蛛の絵を描いたアルファロメオ・スパイダーだ。 「九鬼さんだね、羽根尾という人に頼まれて迎えにきた」  運転席にいた若い男が呼びかけ、彼を助手席に乗せた。  蛇のように無表情で冷たい目と、冷酷そうなうすい唇をした青年の顔を、九鬼はどこかで見たような記憶があったが、それがどこだったのか思いだせない。 「紀美子はなにをしてるのだ?」  九鬼の質問を青年は手を振ってさえぎった。 「いま、会えますよ。安心してまかせなさい」  スポーツカーは、夜の闇を走って麻布の高級住宅街へ入ってゆく。やがて夜目にも広壮な洋館の玄関にすべりこんで止まる。 「さあ、ここですよ」 「ここが? ここはレストランじゃないぜ」 「いや、ほらドアのところを見てごらんなさい」  いわれてみると、頑丈な樫(かし)の木の巨大なドアの表面に「会員制レストラン・バルバロイ」と彫りこまれている。 「そこを入ってください。なかの人間が案内しますから」  アルファロメオは走り去って、彼はひとりでとり残されてしまう。 (ここはいったい、どんなレストランなのか)  おそるおそるドアを押すと、なかは広い洋館の吹き抜けになったホールで、フランス映画にでてくるのとそっくりなメイドの制服を着た若い娘が顔をだした。 「私は九鬼というものだが……」  最後までいわせず、メイドは彼を奥へ案内した。  つきあたりのドアを開けると、そこが主食堂(メイン・ダイニング)であった。 (これは……)  豪華をきわめた調度の食堂をひと目見て、九鬼は唸った。  広間は中央に一段高いステージをもち、そこでサテンのドレスを着た女がグランド・ピアノを弾いている。それを取り囲むように、十卓ほどのテーブルが置かれ、ほとんどは正装した男女の客が坐りこんでいる。卓と卓のあいだは葉を広げた観葉植物が目隠しとなっているようだ。 「よくいらっしゃいましたわね」  あっけにとられて立ちすくんでいた九鬼の耳もとで、なまめかしい艶のある女の声がした。驚いてふりかえると、そこに黒いイブニングドレスをまとった肉感的な女が立っていた。 「お席が用意してありますわ。どうぞ……」  だが、集まっている客たちを見て九鬼はおじけづいた。  こんな豪華なレストランでは、いったいどれほどの料金をとられるか知れたものではない。 「いいんですのよ。きょうは紀美子さんのご招待。心配なさらないで」  肌も露わなセクシーなドレスのさやさやという衣ずれの音も悩ましく、その女はステージにいちばん近い二人用のテーブルへ彼を坐らせた。 「ここへどうぞ。いますぐお食事の仕度を……」  九鬼は他だ呆然とするばかりであった。  6  さらに九鬼を驚かせたことに、その黒いイブニングドレスの女は彼と並んで椅子に腰をおろしたのだ。  悩ましい高価な香水の匂いが九鬼の鼻を刺激する。 「申しおくれましたわね。私、鷹野加奈子といいますの。ここの経営者ですの」  黒い瞳の部分の大きい、チャーミングな目の持ち主である女主人は、艶然と豚のように太った男に微笑みかける。 「こんばんはいっしょに食事のお相手をさせてもらいますわ」  即座に料理と酒がメイドたちの手で並べられてゆく。  最初にシャンペン。オードブルはキャビアと生ハム、それに鴨のペースト。 「ワインはこちらで選ばせてもらいましたわ。うちの肉料理には、コート・デュ・ローヌの赤がいちばんですのよ」  味覚が鋭いほうの九鬼ではないが、その彼にしても絶品の舌ざわりをもつ銘酒だということがわかる。ラベルのビンテージは三十年も前の年代物である。 (俺は夢を見てるのではないか……)  九鬼は全身にじっとりと汗をかいていた。広壮な洋館のなかの秘密めいたレストラン。妖艶そのものの美女、そして最高級の料理と酒。 (夢なら夢でもいい。醒める前にみんな食ってやる)  落ち着いてくると卑しい本性が剥きだしになる。まさに豚のような貪婪(どんらん)さで、九鬼はだされるものを片端からガツガツとむさぼった。  その九鬼を狂喜させたのが、肉料理のコースででたシチューだ。 (これは……!)  どろりとした血のように赤いソースのなかに肉片が二、三片しか浮いてないので最初は失望したが、それを口に運んで彼は愕然となった。  いままで一度も味わったことのない、不思議な美味が彼の舌を恍惚とさせた。  噛みしめると口のなかいっぱいに滲み溢れるなんともいえない肉の旨味。酸っぱいような甘いような、微妙な香気……。 「これはなんの肉ですか」 「お気に召しましたか? それが当店自慢のスペシャル・メニューです。特別な野牛の肉を使ってあるんです」 「牛? これが……」 「ええ。めったに手に入らない特殊なお肉なんですのよ。ですから毎日おだしすることはできないんです。あなたは運がいいわ」  そういって加奈子は、九鬼の脂ぎって汗を浮かした顔を楽しそうに見やるのだった。  あさましくもガツガツと食い散らかして、食後のコーヒーも一気に喉に流しこむと、はじめて九鬼は気づいた。 「それはそうと、紀美子は……」 「いま参りますわ。どうぞもっとゆっくりしてらして」  いつのまにか加奈子はぴったりと肌を九鬼に押しつけている。薄いジョーゼットのドレスの下は、まるで素裸のようだ。 「そう。この下は裸ですのよ。おさわりになっていいわ」  九鬼の好色な顔色を読みとった女主人が、そっと脇の下のリボンを解いた。すると魔法のように裾まで一直線にスリットが走り、黒い布地の下に、なにもつけない豊満な白い裸身がのぞいた。 「どうぞお好きなように可愛がって。お食事のあとは、男女の歓びを求めるものよ」  あたりを見まわすと、植物の仕切りの陰で、金持ちの客たちは同伴の若い女たちと抱きあったり、いちゃつきあったりしている。食事時間が終わると、信じられぬほど淫靡なムードが店内に充満した。  加奈子の肌は、紀美子お劣らずなめらかで繊細な肌理(きめ)をもっていた。すこし湿っていて、芋虫のような九鬼の指が吸いつくような絶妙の感触だ。  九鬼は美女の雪白な肌の奥へ掌を這わせると、心得たように加奈子は内腿を開き、無作法な侵入者をみずから招じ入れる。 「この草は絹糸のように柔らかい」  九鬼は呻いた。 「ねえ。キスしてくださいな」  肥えた男の巨体にのしかかられながら、熟れきった女はぬめぬめと光る紅唇をなかば開いて接吻をねだるのだった。  さすがに自分の口臭に気がねしたが、九鬼はたっぷりとブランデーを口にふくんで、その琥珀(こはく)色の香り高い液体を加奈子の唇へ注いでやる。 「む、う……」  ちろちろと舌をからめて、女はさらに九鬼を媚肉の奥深くへ誘(いざな)う。蜜壷のなかに指を突っこんだような感触。  やがて女主人は、つと身を離した。 「ここはこれまで。さあ、娯楽室まで参りましょう。紀美子さんもお待ちかねよ」  7  はっと我に返って、九鬼は女主人の後ろをよたたよたと追った。ほかの客たちも三々五々、ホールの反対側にある一室に集まってくる。  その部屋は庭にむかって半円形に窓を張りだした天井の高い部屋で、角には古風な暖炉があかあかと燃えていた。  黒くうすいドレスの女主人は、その部屋に集まった男女の客に愛想をふりまく。客は男女それぞれ十人ずつといったところで、九鬼が見るところではそれぞれ各界の一流名士ぞろいのようであった。 「それではきょうのゲーム、はじめましょう」  加奈子が合図すると、隣りの控え室から奇妙な台が従業員たちの手によって運ばれてきた。直径二メートルほどの円形の台で、下には車がついている。台のなかにはモーターが仕込まれているのか、電線が伸びていた。そして台の上には高さ二メートル以上もの鉄柱が立ち、その頂点に横棒がでている。つまり逆L型の柱が台の上にはえているのだ。  そして客をざわめかせたのは、その鉄柱の横棒から、ひとりの女が両手首を上にして吊るされていたからだ。 「紀美子!」  九鬼は唸った。身につけているものといえば、漆黒のナイロンストッキングと、ぴかぴか光る黒エナメルのハイヒールだけ。むちむちした太腿の肉の中間あたりで、まっ赤な靴下止め(ガーター)が柔肉に食いこむようにして、ストッキングをとめている。  そのほかは、形よく乳首を上向きにした乳房も、雪のように白い下腹部に衝撃的に映える黒い三角地帯もそっくり観衆にさらけだしている美貌の女は、まさしく羽根尾紀美子に相違なかった。  さすがに羞恥に全身の肌をピンク色に染めあげた女は、そっと瞳をあげて、観客のなかに九鬼を発見すると、かすかに微笑んだ。 「……!」  仏像の微笑のような笑みの意味をつかめず、九鬼は一瞬たじろいだ。ただその笑みは、深くこの醜い中年男の肉を切り裂いた感じがあった。もうそのときは、紀美子はそっと目を伏せていたのだが。 「どう、きれいでしょ。あなた好みに靴下をはかせてみたの」  女主人が彼の手になにかを手渡した。見ると投げ矢(ダート)である。プラスチックの羽根がついた軽めのもので、その針先は縫い針のように細く鋭かった。ひとりに三本ずつ、客全員が色ちがいの投げ矢を手にしている。 「今夜はこの美しい奴隷を投げ矢の的にします。標的は彼女の女性自身。ひとり三本ずつ全員が投げて、いちばん近くにあてたものが、彼女を好きにする権利をもちます。的は回転しますから、むずかしいですよ。さあ、皆さん、決められた距離だけ離れてください」 フロアにチョークで引かれた三メートルの腺の外まで全員がでる。従業員のひとりが、紀美子の細く形よい足首を、台に溶接された輪にロープで固定する。そうすると黒い靴下に包まれたみごとな脚腺美を見せる両脚が心もち逆Vの字に開かれ、艶々とした絹草に飾られた女の花芯をすっかり露出させてしまうのだ。  スイッチが入れられ、ブーンというモーターの音とともに、台がゆっくりと回転しはじめた。 「さあ、ご自由にどうぞ」  ゆっくりと回転し、部屋のなかの全員に秘部をさらしてゆく吊られた女体に、てんでに投げ矢が飛んだ。  多くは女体の的を外れて反対側の床へ落ちたが、何本かの投げ矢は、柔らかい美肉に突き刺さる。 「あーッ」  下腹部を中心にぷすぷすと鋭い針をもつ投げ矢を受けた女体が、苦痛の呻きを洩らした。  次の回転周期を待って、二本目の矢が飛ぶ。二、三本が黒い繁みに突き刺さり、哀れな生贄(いけにえ)を苦悶させた。太腿に深々と突き刺さった一本は、赤い血の糸をストッキングの上端までひいた。  三回目。こんどはほとんどの矢が正確に下腹部に集中した。 「ひい、いいッ」  台の上でハイヒールの踵がカタカタと鳴り、白い喉を見せてのけぞる紀美子の黒髪が宙に舞った。 「九鬼さん。どうして投げないのですか」  加奈子が、想像を絶する女体ゲームの凄絶さに呆然としている九鬼をうながした。 「残っているのはあなただけですよ。まだ彼女の雌芯の中心にはあたっていないわ。あなたがあてれば、今夜の権利はもらえるのよ」  下腹部を中心に何本もの投げ矢を植えこまれた紀美子は、もう膝の力も尽きたのか、ぐったりとなっている。客たちは、毒っぽいラビアまで深く射抜かれた女芯の奥から、ぬめぬめとした透明な液の溢出を認めてざわめいた。あきらかにこの女は、投げ矢を柔肌に突き刺されて昂奮しているのだ。  九鬼はゆっくりと進みでて、投げ矢をかまえた。なにごとも無器用な九鬼だが、ダーツに関してだけは、いささかの自信があった。むかし、酒場でこのゲームを使っての賭けが流行したとき、ずいぶんと腕を競ったものなのだ。  下腹部を針ねずみのようにした紀美子の体がゆっくりとこちらむきに回転してくる。  九鬼の手から一本目の矢が飛んだ。赤い色の羽根をつけた矢は、吸いこまれるように紀美子の下腹へ突き刺さる。 「ああッ!」  さらにもう一本が、前よりも女芯に近く刺さる。 「う、うッ!」  裸身ががくがくと打ち震えた。客は男も女も息をのんで、最後の一投の行方を見守る。いままでの二本では、まだ的中というわけではなく、まだ近い矢があるからだ。  また一回転した女体が、投げ矢をかまえた九鬼のほうにむかってくる。吊られた紀美子の肌に血の気がない。  すっ、と赤い矢が太い指を離れた。  弧を描いた矢は、割り広げられた女芯の、コーラルピンクの柔襞の奥へもろに的中した。 「ひい、いえーッ!」  紀美子が悲痛な叫びをあげ、弓なりに身をのけぞらせ、それからがっくりと崩折れた。 豚のような男に美しい獲物をさらわれて、ほかの客たちは拍手もまばらにゲーム室を立ち去った。  加奈子が、失神した女体から矢を引き抜き縄をはずして床に横たえた。 「九鬼さん。彼女の権利はあなたのものよ。むこうの部屋で楽しみましょう」  8  地下へ降りてゆく暗い階段を、加奈子の案内で九鬼が降りてゆく。その肩にぐったりと失神したままの紀美子をかついでいるので、豚のように太った男は、ときどきよろめき、ぜいぜい、はあはあと喘いだ。そこを降りきると、まるで地下牢のように頑丈な鉄の扉がある。 「さあ、ここが特別室よ。エネマとウォータースポーツ専用のね」  ドアを開けると、なかは十畳ほどの部屋だ。周囲も床も全部タイル張りで、床の中央には鉄板でフタをした排水用の溝がある。  片隅に、まるで手術台のようなゴムシートをかぶせたテーブルがある。天井にはレールが一本走っていて、鉄の頑丈そうな鈎(かぎ)が何本かぶらさがっていた。  九鬼はどさりと紀美子をテーブルの上に横たえ、周囲を見わたして訝しげな顔をした。 「ここはなんだい。奇妙な部屋だなあ」 「むかし、料理に使う肉の解体や貯蔵をしていた部屋らしいの。でも水道の設備はあるし、浣腸で責めるなんてときには都合がいいのよ」  加奈子は部屋の隅の流しから伸びているゴムホースから水をだし、テーブルに横たわっている紀美子の、あちこちから血の糸をひいている裸体にぶっかけた。 「あ、あーッ!」  正気にかえった紀美子が、水の冷たさにはね起きた。加奈子の腕がその裸身をとらえ、四肢それぞれをテーブルの横にとりつけた皮バンドに固定し、女体を四つん這いにしてしまう。 「さあ、これでオーケー。尻打ちも浣腸も、それに、顔の高さが立っている人の腰の高さだから、ディープスロートの責めもできるわ。濡れちゃうから裸になって、充分に楽しみなさいな」  女主人は鉄扉をしめて立ち去った。あとに、テーブルの上に犬這いにされてブルブル震えている素っ裸の女と、九鬼が取り残された。 「よし」  ふたたび激しい欲望が湧きたつのを覚えた肥えた中年男は、猿股まで脱ぎ捨てて全裸になる。男のゴムまりのようにぶよぶよの腹の下にある対象的に小さな雄器は、異常に怒りたっていた。 「紀美子。よくも俺のところから逃げだそうとしたな。これで罰を加えてやる」  豚のような男はぐったりとなっている紀美子の前にまわり、濡れそぼった髪をひっつかんで顔を上向けさせる。そのふくよかな唇の高さに、猛々しい肉具があった。  その異臭に顔をそむけようとするのを許さず、九鬼は腰を押しつける。 「ふくめ。喉の奥までな」  犯されることを期待して、未亡人ははやくも繊草に囲まれた地帯を濡れさせていた。強い熟した果実の匂いが鼻をつく。  だが豚みたいに太った男は、その妖しくも女らしい秘孔のかげにひっそりと息づいていたもう一方の肉孔を、尻朶を力まかせに割り広げて剥きだしにする。  九鬼は四つん這いの女の背後に立ちはだかり、力をこめた。 「ぎえ、えッ」  狭い通路を無理やりに侵略される激痛に、女は全身の筋肉を打ち慄わせ、悲鳴をあげつづけた。二匹の獣と化した男女が、その頂点をそれぞれきわめようとして汗みどろの痴宴をくりひろげているとき「「背後の鉄扉が音もなく開いた。  二人のゴム合羽を着た男だ。ゴム長靴をはいているので足音もしない。ひとりは手に手斧(ておの)と呼んだほうがいいような刃物を握っている。 「紀、紀美子ォ」  九鬼が吠え、白目を剥きだしにした。  その瞬間だ、背後に立った男の手の重い鋼鉄の刃が唸りをあげた。  と同時に、体内を貫く熱感が充分に昂ぶった紀美子のオルガスムスを誘発させ、美しい女は体が爆発して飛散したかと思うほどの快美を味わって気を失った。  そのあとに、陰惨な作業をつづける男たちの,低い話し声が部屋に不気味にエコーした。 「肉だけで五十キロある。これならだいぶもつぜ」 「いままでのなかじゃ、いちばんうまそうだな」  その傍らで、九鬼の血で全身を洗われた女がいまだ消えやらぬ快楽の余韻に、いつまでもひくひくと裸身を痙攀させつづけている。