**淫れる** 1  針葉樹林帯を水平に断ち切るようにつくられた林道を、一ロの単車が排気音もす さまじく駆け抜けてゆく。  スーパー林道だから道幅はわりと広いが、尾根沿いにうねうねと林のなかを縫っ てゆくので見通しは悪い。しかも砂利が浮いていて、ターンのたびごとに車輪がス リップして危険このうえもない。  元暴走族リーダー野上竜介は、それでも果敢なスピードでコーナーからコーナー へ突っこんでゆく。愛車のホンダCB750は、まるで運転者の体の一部であるかのよ うに反応して疾走する。  峠を越える途中で渦巻く霧のなかに突っこんだものの、高原に入ると大気は晴れ て澄みわたった。  竜介はヘルメットのシールドをあげて、肌に痛いほどの冷気を頬に受けた。ヘル メットは深紅色で、毒々しい竜の絵が描かれている。“切り裂きリュウ”として恐 れられる暴走族リーダーの標識だ。  あてのない放浪のツーリングである。オフロードを抜けるのは警察の目にとまり たくないからだ。湘南地域でもっとも兇悪なグループとして悪名をはせた“マッド ・エンジェルズ”に君臨して二年、二十三歳のリーダーが群れを離れ、一匹の野獣 となって逃げているのだ。  暴行、強姦、掠奪のかぎりをつくしてきた男も、いまは抗争相手の暴走族メンバ ーを殺害した容疑で追われている。狭い日本のことだ。どこへ行っても捕まるのは 時間の問題だろう。しかし、マシンを駆るために生まれてきたような男は、一分一 秒でも自由な空気を吸おうと愛車を駆る。  追われる男の心は自棄的なまでに荒んでいる。手負いの獣のように見さかいなく 弱い者に襲いかかる兇暴さが体に充満して、危険な体臭を発散させている。  昨夜も、県庁所在地である都市の郊外で、二人の若い男女が犠牲になった。  カラ松、モミ、スギなどの高地性樹林のトンネルをくぐり抜けながら、竜介は美 味な肉を味わった昨夜の記憶を甦らせて舌なめずりした。激しくバウンドするマシ ンをしっかり制御する下肢の中心で、肉欲が熱く疼いた。 (いい獲物だった。若くて、ぴちぴち張りきっていて……) −−昨日、竜介がとある宅地造成地の奥に、淡いグリーンのカローラが停まってい るのを見つけたのは、もう日が沈んでかなりたってからだ。 (やっているな)  竜介はかなり離れたところでマシンを停め、こっそりと近づいていった。こんな 無人の場所で、若者向きの車が停まっている理由はひとつしかない。恋人同士が愛 を交すためだ。  歩きながら竜介は武器を手にした。ライダーブーツの脛に鞘ごと隠しているナイ フを引き抜いたのだ。彼が自慢にしているボブ・ラブレスのファイティング・ナイ フだ。超硬度ステンレススチールを鋳造した手造りの逸品だ。その刃が星明かりの なかでギラリと冷光を放つ。  車のなかのカップルは、近くの電器工場に勤務する婚約者同士だった。近くに人 家のないのに安心して、大胆な愛撫を交換していた。  竜介は石を手にしてドライバー側のウィンドウを叩き割り、革手袋をはめた手を 突っこんで内側からロックをはずした。勢いよくドアを引き開けると男の怒声、女 の悲鳴、そして若い男女の汗と発情した匂いが迸りでてきた。  情熱的な前戯行為の途中で、リクライニングシートを倒して重なり合っていた二 人は、突然の侵入者に対してまったく無防備だった。下半身裸の若い男をひきずり 出すと、竜介のパンチが顎に炸裂する。二発、三発。男は地べたを這って泣き声を あげた。  男のほうを片づけろと、リュウはガタガタ震えている若い女の髪をわしづかみに して外にひっぱりだす。悲鳴をあげて助けを呼ばうとする喉に、ピタリとファイテ ィング・ナイフの冷たい刃が押し当てられた。 「声を出してみろ。たちまちあの世行きだぞ」  おとなしくなった女のパンティストッキングを脱がせると、竜介は地面に伸びて いる男の両手を後ろ手にして縛りあげた。  男は鼻と口から血を流して、もう抵抗する気力は完全に失っていた。彼の目の前 で、竜介はナイフをふるって可愛らしい婚約者の着ているものをズタズタに引き裂 いた。白いプラジャーもパンティも鈍い刃がただの布片にして地面に散らす。そう して、恐怖のあまり声も出ない犠牲者を、恋人の目の前でゆっくり犯したのだ。そ れがサディストの性格をもつ竜介の好む凌辱のやり方である。  ただ犯すだけでは満足しない。さまざまに屈辱的な姿勢をとらせ、唇も肛門も辱 しめる。  恐怖と苦痛と屈辱に死んだような女は、最後に車の前にひったてられた。ラジエ ーターグリルに向かい合うように立たされ、両手を横へせいいっぱい拡げさせられ る。華奢な手首にブラジャーを引きちぎってつくった紐がからみつき、フェンダー ミラーの支柱にくくりつけてしまう。若い女は乳房をエンジンフードの上に押しつ ける形になり、金属の冷たさを柔肌に感じて 「ひい」と啼いた。  竜介は女の着ていた白いスリップを裂いて、また紐をつくった。 「脚を開け」  そう命じて、股も裂けよというくらいに下肢を割り広げさせる。フロントバンパ ーをくぐらせたナイロンの布をよじって即席ロープが膝のところで女体の下半身か ら自由を奪った。  残虐で猥褻な、後ろ向きの磔刑だ。おりから山の端から昇った月が、一糸纏わぬ 全裸に剥かれた若い女のほっそりした体を、妖しいまでの蒼白な色に染めた。  竜介はナイフを使って引き裂いたパンティを取りあげ、泣き濡れた女の顔をぐい と持ちあげ、荒々しく唇をこじあけて布片をなかに押しこむ。さらに残りの下着の きれはしを頬を水平に割るようにして口に噛ませ、細首の後ろできつく縛った。 「うぐ……」  先刻まで着ていた下着を涙ぐつわにされて、女は呻いた。自分自身の匂いを噛み しめて恐怖と屈辱に裸身が震えた。いったい、なにをされるのか。  竜介は引き締まった腰からベルトを引き抜いた。厚い幅広の牛皮でつくられた黒 光りのするベルトだ。それを手首にからませるようにして握ると、兇暴な獣と化し た暴走族リーダーは、夜気を裂いて女の尻めがけて鞭をふるったのだ。  もぎたてのリンゴのような、まだ固さを残している初々しいふたつの白丘に、む ごい音をあげてベルトが叩きつけられると、女体は束縛された限度いっぱいにのけ ぞった。 「うぎ、ぎえッ!」 猿ぐつわの奥から絶叫が洩れた。パッと白い肌の上に紅の筋が走る。肉をはじくた しかな手応えと、苦悶する女体の後ろからの眺めが竜介の体の奥から激しい欲情を 煮えたぎらせた……。  竜介はふたたびジッパーをおろし、灼けるように熱く脈打つものを握りしめ、下 肢を割られて磔にされている女体に近づいた。  菊孔をふかぶかと貫かれて、女体が弓なりにのけぞった。哀切な悲鳴が猿ぐつわ に吸われた。若草色のカローラスプリンターの車体が、凌辱者の腰の動きにともな って揺れた。ショックアブソーバーが軋んだ−−。 (パクられたら、こんないい思いは二度と味わえない。オレは逃げるぞ。逃げて逃 げて逃げまわり、女どもを犯りまくるんだ) 昨夜、血祭りにあげた犠牲(いけにえ)の甘実な味を追想しながら、走る淫獣は自 分に言い聞かせる。 (警察よ。捕まえられるなら捕まえてみな。切り裂きリュウがどんな男か、思い知 らせてやる−−)  ふいに探い樹林帯がとぎれた。視界が開け、眼前にみごとな眺望がひろがった。 (ついた) 高原台地に山脈の屋根が突き出して、岬のようになっている部分だ。林道から高原 の避着地へ降りる道が分岐している地点で、竜介はホンダCB750を停めた。  眼下に避暑地として有名な町がひろがる。四囲はグリーンの色も鮮やかなゴルフ 場が点在している。そのむこうに活火山がそびえ立ち、落日を背に、まるで巨大な 墓標のような台形の黒いシルエットを浮かびあがらせている。 そして血のような夕焼けだ。瀕死の太陽が夥しい鮮血を流している日没の光景だ。 常人なら天変地異の予兆かと震えあがりそうな夕焼けが天空を染めている。しかし、 血に飢えたような若い逃亡者の日には、悪魔的な旅を歓迎する壮大なイルミネーシ ョンに映った。 (この避暑地でつぎの犠牲を探すのだ)  全身に不青な赤い光線を浴びながら、竜介は傲然と立ちはだかって、眼下の別荘 地帯を眺めおろした。市街の中心部へくだるゆるい斜面はカラ松の林になっていて、 樹々の梢ごしに別荘の屋根があちこちに点在して見える。しかし、シーズンにはま だ早いこの時期、どの建物もぴったり雨戸を閉ぎして人影がない。  避暑客が繰りこむ前の別荘地帯ほど無防備な場所もない。ときおり思い出したよ うに警備会社の車が巡回するほかは、まったくの無人地区なのだ。竜介は過去にも 何度か別荘を荒らし、仲間と乱痴気騒ぎをくりひろげたから知っているのだ。豪邸 のなかには保存のきく食糧や酒などをたっぷり常備しているところもある。そうい う別荘へ押しこんだなら、数日間はのうのうと暮らせるというものだ。 (さあて、とりあえず今夜はどこを寝ぐらにするか)  竜介はトランクケースから双眼鏡を取り出し、眼下の別荘群を物色しはじめた。 (おや)  肉食獣を思わせる鈍い目が一瞬光った。 (あの別荘は人がいるぞ) 谷間にあって、ひときわ高い黒いモミの木の枝に覆われたような洋館が、鎧戸を開 け放している。白いレースのカーテンが微風に揺れていた。竜介は注意ぶかく双眼 鏡の焦点を調節した。光景が十倍に拡大されて、視野の中心に、ベランダに立つ人 影をとらえた。 (男と女だ。男はまだ若いな。高校生ぐらいか……。女はずっと年上だ。年増だ。 母親にしては若い気もするが……)  しばらく眺めてから、竜介はベランダに立ってみごとな夕焼けを見ている二人の 男女を、おそらくは母親と息子だろうと見当をつけた。 (あそこならあったかい食いものにも女にもありつけるな。年増だけれど、ここか ら見るかぎりじゃとびきりのいい女だし、それに……)  竜介の薄い非情そうな唇が歪んで、淫らな笑いが浮かんだ。 (いままでいろんな女を犯ってきたが、息子の見てる前でおふくろのほうを犯った ことはねえしな)  竜介のジーンズの下で欲情がふくらんだ。                2  野上竜介が狙いをつけた別荘は、K大学文学部教授でシェークスピア研究の権威、 萩尾重四郎文学博士の山荘「黒樅荘」である。  英国での研究生活が長かったため、萩尾教授はこの地に建てた山荘を英国の領主 館に似せてつくった。山荘の傍らにくろぐろとしたモミの木がそびえ立っているの が黒縦荘という名の由来である。  今年、シーズン前だというのに、萩尾夫人絵理子は山荘を開いた。十八歳になる 息子の春彦を療養させるためである。  絵理子夫人は三十九歳。しかし、どう見ても三十歳そこそこにしか見えない美貌 と肢体の持ち主である。それを自慢にしていた夫の荻島博士は、しかし、彼女の美 しさを二度と見ることができない。  なぜならば、今年の初め、東京・成城の自邸で、侵入してきた賊のためにナイフ で刺され、非業の死を遂げたからだ。  世間を騒がせたこの事件は、いまだ解決されていない。何者が、なんのために侵 入したのか、まったく手がかりもつかめないままに殺人事件は迷宮入りするようす だ。  事件はさらに、息子の春彦に癒しがたい後遺症を与えた。激しい精神的ショック による記憶障害と性的欲望の喪失が、織細な神経をもつ十八歳の春彦の心をズタズ タにしたのだ。未亡人となった絵理子は、数ヶ月の精神病棟入院治療が無益に終わ ったのち、春彦をともなって避暑地の山荘にやってきたのだ。  地獄の業火を思わせる夕焼けが始まったころ、絵理子は自室で刺繍の手を動かし ていた。隣室の居間からはクラシック音楽が聞こえてくる。  哀婉きわまりないフォーレのチェロ・ソナタ「エレジー」である。春彦がいたく 愛している曲だ。ソファに寝そべりながら、精神を病んだ少年は嫋々としたメロデ ィに耽溺しきっているらしい。何度も何度もレコードをかけなおしては聴き入って いる。  それがぱったりと聞こえなくなった。余韻たっぶりの旋律が最後の小節を奏で終 えたのち、レコードの針が無音の溝をむなしくひっかく音がつづいている。 (眠っちゃったんだわ)  刺繍針を持つ手を止めた母親は、そっと居間につづくドアを開けた。案の定、春 彦はソファの背もたれを枕に、かすかな寝息をたてて眠りこんでいる。ときおり襲 う頭痛と不眠に悩まされている息子は、昼間、このようにふいに徴睡におちこむ習 慣をもっているのだ。  絵理子はそっとレコードプレーヤーを停めた。それからソファの傍らにしばし佇 んで、春彦の寝姿を愛しげに眺めた。  長身でほっそりとした体つきの息子である。母親ゆずりの美貌と繊細な感受性を 受けついだらしい。もし長髪がもっと長ければ、遠くから見れば女の子に見えるだ ろう。 (小学校に入る前までは、よく女の子の恰好をさせたものだわ。この子もそれが好 きで……)  母親らしい感慨にふけった絵理子の瞳が、そのとき、ちょっと驚いたように見ひ らかれた。 (まあ、ひょっとしたら……)  春彦の下腹部が、Gパンの下でこころもちふくらんでいるようだ。勃起しているの だろうか。 「心因性のインポテンツ症状ですから、肉体の機能そのものは正常です。なにかの きっかけで性欲をとりもどすことは充分考えられますよ。なにしろ、まだ若いので すから……」  退院のとき、慰めるように説明してくれた精神料医師の声が絵理子の耳に整った。 (息子が一生性欲をとりもどせなかったら……)  部分的な記憶喪失症よりも、性衝動が失われた、ということのほうが絵理子の心 をゆさぶりつづけている。  だから、ことあろごとに、絵理子は春彦に性欲をとりもどさせようとむなしい努 力をつづけてきた。たとえば、春彦が入浴中、ブラジャーとパンティだけという下 着姿で入ってゆき、息子の体を洗ってやるのだ。  三十九歳という実際の年齢にはとても見えない若々しく豊満な乳房とヒップをつ つむ薄い下着は、わざとらしくはねちらかした湯のためにたちまち濡れそぼって、 乳首も下腹部のくろぐろとした逆三角形の女らしい翳りも、そっくりと透かせて見 せてしまう。バラ色に上気したようなむっちりした肌に濡れた下着がぴったり貼り ついたさまは、健康な男性なら、たとえ母親であっても欲情を喚起されずにはいら れないだろう。絵理子は自分のエロチックな裸身を使うことさえ辞さない覚悟なの だ。  しかし、効果はゼロに近い。たおやかな指を石鹸の泡にまみれさせ、最初はなに げなく、やがてしだいに露骨に息子の下腹部に這わせ、柔らかく下を向いたものを 刺激してみたものだが、それはいまだ活力をとりもどす気配さえ見せていない。  春彦は、最初は母親のそういう態度に当惑したようだが、そのうち、それも熱烈 な母性愛のなせる業だとあきらめたのか、大胆な刺激行為にも目を閉じて抵抗する 気配もなく身をゆだねているようになった。  その春彦の下腹部がいまわずかに隆起しているように見えるのだ。それは気のせ いだろうか?  未亡人は春彦のそばにそっと腰をおろし、息子の目を覚まさせないくらい静かに、 Gパンのジッパーをひきおろし、前を開いた。その下はオレンジ色のビキニ・ブリ ーフだ。ローズ・レッドのマニキュアをした細くしなやかな絵理子の指が、ブリー フの前合わせの部分から美少年の体にもぐりこんだ。 (熱い。ふつうより硬いようだけど……)  母親に似て柔らかくちぢれた陰毛のなかに隠れているような春彦の分身が、ふだ んより少し硬起しているような気がする。絵理子の指が静かに静かに、ひめやかな 動きをくりかえした。 母親が乳呑み子を抱いて、その頬を優しく撫でるような行為だ。  沈然の時間が流れた。絵理子の双眸に宿っていた光が消えた。かわりに涙が浮か んだ。 (だめだわ。やっぱり同じ……)  そのとき、春彦の手がのぴて、母親の目もとに溢れた涙をすくった。 「春彦さん……。起こしちゃったのね」 「ごめんよ、ママ。失望させて」  美少年は半身を起こした。刺激行為の途中で彼は目を覚ましていたのだが、母親 のなすがままにさせていたのだ。 「でも、そんなに心配しなくてもいいんだよ。ママが考えるほど、ぼくは気にして いないんだから」 絵理子は春彦のブリーフの下に潜らせていた手を引いた。 (それに、息子に対してトルコ嬢のするようなことをしなくても……)  そう言いたかったが、春彦は母親の心を傷つけるような気がして、そのことばを 呑みこんだ。そのかわりに驚いたように叫んだ。 「ママ、見てよ。すごい夕焼けだ」  いつのまにか、天変に紅蓮の炎が燃えて、部屋のなかもまるで火事かなにかのよ うに赤い光が充満していた。 「ほんとう。恐ろしいくらいだわ」  母と子はベランダに出た。肩をならべて手すりにもたれかかり、この世の終わり を告げるかのような大自然のショーを眺めた。もちろん、山荘の上を走る林道から、 欲情に燃えた野獣のような目で見つめられているとは知らずに……。  太陽はすっかり地平の後方に消えた。前方の火山の影が王侯の墳墓のように不気 味な形にそそり立つ。なにか不吉な予感を感じたかのように、成熟した母親はぶる っと身を震わせた。 「肌寒いわ。なかへ入りましょう」  その黒いニットドレスにつつまれた腰のあたりを春彦の手が押さえた。 「なに?」  いぶかしげな母親の目をまともに見るように、息子は質問した。 「ぼくは、自分がインポテンツだということより、あの事件の夜の記憶がない、と いうことのほうが点がかりなんだよ。どうして、あの晩のことをそっくり忘れてし まったのだろう? あの晩、ぼくはなにかを見たんだ。そのショックが記憶喪失の 原因なんだとお医者さんは教えてくれた。もし、その記憶が戻ればぼくの性欲も戻 ると思う。だけど、どうしても思い出せない。ときどき、なにかが心の奥に浮かぶ けれど、それがなにか理解しようとするときまって頭痛がひどくなって、なにも考 えられなくなってしまう。ママ、ぼくはいったい、なにを見たのだろう?」  絵理子の表情はこわばって血の気を失ったようだ。 「私にはわからないわ。春彦さん。おそらくあなたは、パパが侵入者に刺された瞬 間を見たのよ。その、ショックのせいで記憶を失ったのよ、きっと」  息子はじっと母親の表情を見つめてから、つぶやくように言った。 「ママ。あなたはぼくに思い出してほしくないんだね。なぜ?」  絵理子は答えずに家のなかへ入った。しばらくたって容彦も居間へ戻った。フォ ーレの「エレジー」が鳴りわたり、そのメロディーをかき消すように、林道を爆音 が駆け抜けた。ホンダCB750の排気音だ。                3 野上竜介は近くの木立のなかに単車を隠し、「黒樅荘」の住人−−美しい母と息子 −−が寝静まるのを待った。その間、近隣の別荘に入りこんで、物置から梱包用の 麻ロープの束を盗み出していた。  二階の寝室の灯が消えてから三十分後、廊下の明かりとり用小窓を窓枠ごとすっ ぽりとはずし、なんなく邸内に侵入した。 屋内には熟れた女の残り香が、高価な香水の匂いとともに漂っていた。 はやる心をおさえ、分厚いカーペットの上にブーツの足跡を残しながら若い兇獣は 階段をあがる。もはや自分の痕跡を隠そうとする用心深さなど必要ではなかった。 嵐のように襲い、暴虐のかぎりをつくして去るだけだ。  女の体臭には敏感な鼻が、絵理子のいるほうの寝室を教えた。静かにドアを押し 開けるや、猫科の動物がもっているようなすばやい身のこなしでベッドに近寄る。 「起きろ」  押し殺した男の声に目を覚ました未亡人、萩尾絵理子は叫び声をあげるいとまも なく口を掌で覆われた。いっぱいに瞳かれた瞳の前に、非情な冷光を放つファイテ ィング・ナイフの刃先があった。 「声を出すな。逆らうと殺すぞ。息子もだ」  毛布を剥ぐと、女は黒いネグリジェ一枚だ。雪のように白い脂ののった肌に、舶 来品らしい高価なレースをあしらったナイロンの黒い寝衣は刺激的なまでに映えて いる。絵理子の愛用している香水“タブー”の蠱惑的な香りが、熟れた女の体臭と ミックスしてなまあたたかく匂いたつ。それも竜介の獣性を刺激する。 (ほう、いい女だぜ。おっぱいはでかいし、肌なんか絹みたいじゃねえか。こいつ はとんだご馳走だ)  ぶるぶる震えている女体の胸もとにナイフを押しあてる。 「ひいッ」  女の細い喉から、かすれた悲鳴があがった。  スパッとネグリジェの前が切り裂かれた。熟れに熟れたメロンのような双球が半 分以上露わになる。その乳首が恐怖のために尖ってせりだしている。大きく豊かな 乳房だ。それでいて張りがある。竜介が革手袋をはめた手でわしづかみにしてもま だたっぶりあまった。 「いいか。おとなしくしてりゃ命だけは助けてやる。言うことを聞け」  絵理子が小刻みに首をたてにふる。 「よし、ネグリジェを脱げ」  聡明な女は観念した。相手は目に兇悪な光を宿した男だ。この状況では抵抗のし ようもない。 女は黒い薄布の寝衣をみずからの手で脱ぎおとして、ベッドの上に正坐の形になっ た。むっちりと張り出したヒップを、やはり黒いナイロンの布で覆っているだけの ヌードだ。  すぐに押し倒し、その薄く繊細な下着を引き裂いて、熱く灼けた肉をぶちこみた い欲望をかろうじて自制すると、竜介は美貌の未亡人をベッドに仰臥させた。 「両手と両足を拡げろ」  羞恥に全身をピンク色に染めながらも、絵理子はパンティ一枚の裸身を大の字に 拡げた。すばやく両の手首、足首に麻縄が巻きつき、それぞれベッドの脚に固定す る。まるで解剖実験の動物のように、白い腹部を天井にさらして絵理子はベッドに 磔にされた。それも、すんなりとした両脚をいっぱいに割りひろげられた猥褻な大 の字縛りだ。 「さて、息子だ」 「お願い、息子は病気なんです。私はどうなってもかまいませんから、あの子だけ は……」 「そうはいくか。二人いっしよにして楽しいショーをやらかそうというんだ」  ふたたぴナイフを構え、竜介は春彦の寝室に侵入した。  睡眠薬の助けを借りて寝こんでいた春彦は、侵入者によって荒々しく叩き起こさ れた。 「ほう、可愛い坊やじゃないか」  一見、少女と見まごう美少年の恐怖にひきつった頬をナイフでピタピタと叩くと、 竜介は春彦を後ろ手に縛りあげてから、母親の寝室へ追いたてた。 「あっ」  春彦はベッドに大の字に縛られている絵理子のヌードを見て悲痛な声をあげた。 「春彦さん、抵抗しないで。この場はその人の言うとおりにして……」 「ほら坊や。ものわかりのいいママの言ったとおりにするんだよ」  そう言いながら竜介はナイフをふるった。春彦の体からパジャマがズタズタに引 き裂かれて、その下の白くほっそりとした体が恐怖と屈辱におののき震えて現われ た。  オレンジ色のビキニ・ブリーフも、ナイフの刃がまるで薄紙のように切り裂き、 繊毛のなかにちぢみあがったような男の器官まで露呈させてしまう。 「なにをするんです……」 「おまえに観客になってもらうのさ。ほら、この特等席に坐んな」  椅子をベッドサイドに置き、その上に全裸の少年を腰かけさせる。背後に両腕を まわさせてくくりつけ、両脚も開いて股間が見えるように椅子の脚に縛る。 「このちんこいのが、いまに破裂しそうなくらい興奮させてやるからな。オレがお ふくろさんに、ホントの男と女のことを教えてやるからよ、よく見ているんだぜ」 「ひどい……!」  はじめて侵入者のもくろみを知って、ベッドの上の絵理子が叫んだ。その口のな かに引き裂かれた春彦のブリーフが詰めこまれた。息子の体臭に絵理子はむせた。 頬を割ってロープが噛まされる。 「やめてくれ。お願いだ……」  椅子を打ちゆすって哀願する美少年を冷やかに見やり、暴走族のなかでももっと も兇暴な男と恐れられた男はゆっくりと服を脱いだ。  獣のような濃い体臭が部屋に充満した。無数の修羅場をくぐり抜けた、男の勲章 ともいうべき傷跡の数々を誇示するように、全裸になった竜介はベッドの上にあが った。 「坊や。目を開けていろよ。目を閉じるたぴにこのナイフでおふくろのおっぱいを 突くぞ」  そう脅迫しておいて、まず豊かな成熟度を見せる乳房をわしづかみにして揉みし だき、乳首にかぶりつくのだった。  竜介は、まず女の体を、自由を奪っているのをよいことに、猫がネズミを弄ぶよ うになぶり責めた。乳房を責められるだけで、夫の死後半年間の禁欲を強いられて きた絵理子の秘部は内奥から愛液をこんこんと湧き出させ、ぴっちりと肌に食いこ むようなスキャンティ型の下着のナイロンをしとどに濡らした。 「ほう、えらい感度のいい奥さんだな」  口でも辱めを与えながら、ぶこつな指が薄いナイロンに覆われたヴィナスの丘を まさぐる。 竜介好みの豊かに盛りあがった秘丘だ。 「む、むうう……」  パンティごしに敏感な地帯をなぶられると、雪白の肌をもつ年増女の体は脂汗を ねっとりと噴かせて悶えた。 「すげえや、洪水だぜ」  布地を寄せて指を入れていやらしくうごめかせ、若い男は感心したように首をふ る。  薄布がひきちぎられた。 「坊や、見てろよ」  春彦の想像を絶するような、黒光りするほどの逞しい雄器が怒張しきっている。 熱血が脈打つそれを握り、竜介は割り裂いた総理子の体に腰を沈めた−−。  熱れた女の柔襞が、意思を無視して本能的に侵入する竜介を迎えた。 「ううッ、こいつは名器だぜ……」  淫らな震動を始めながら、竜介は快美感に我を忘れた。  春彦にとっては無限とも思える時間が経過した。むせかえるような男と女の性臭 が寝室に充満している。汗みどろの肉体がふたつのたうち、のけぞり、痙攣をくり かえした。  彼ははっきりと見た。母親の一糸纏わぬ裸身が四肢を固縛されたまま弓なりにの けぞり、逞しいと言ってよいほどの大腿の肉をぶるぶるとうち震わせ、爆発的な オルガスムスに心身を粉砕されるのを。猿ぐつわも彼女が吐いた歓喜の絶叫をすっ かり吸収することはできなかった。  何度も何度も絶頂に追いあげてから、竜介は仕止めた獲物にとどめを刺すように、 押さえに押さえていた噴流を射った。どろどろに煮えたぎる欲情の熔岩だ。灼けつ くような噴出に、女体はさらに痙攣して、あらたなオルガスムスを味わった。 (どんなもんだ)  満足して、誇らしげに竜介は引き抜いた。残忍な笑みを浮かべて、椅子にくくり つけられた まま一部始終を見せられていた春彦の裸身を見やる。  無念さと憎悪に涙を流し、少年は体をうち震わせていた。しかし、彼の股間には 竜介が期待していたような反応は現われていなかった。 「なんだ、おまえは!」  カッとなって竜介は吠えた。どんな男でも愛する者を目の前で凌辱されれば錯乱 し、激怒し、無念さに歯ぎしりする。その一方で、我知らず激しく欲情もするのが ふつうである。  昨夜犯した若い女の婚約者もそうだった。縛られて地べたにころがされながら、 目の前で竜介がさまざまに屈辱的な姿勢で犯すと、泣きながらも激しく勃起し、果 ては射精してしまったせのだ。  かつてデートの最中の恋人同士を十人以上の仲間で襲い、男を木に縛りつけ、そ の前で女のほうをかわるがわる輪姦したことがある。恋人が凌辱されつづけるのを 見て男は激しく欲情し、輪姦が終わって彼を解放するやいなや、死んだようになっ ている恋人の上にのしかかっていったものだ。夫婦を襲ったときも、兄妹を襲った ときも同じだ。男は雄として本能的に反応する。その確信を裏切って、この少年は 欲情していないのだ。 (くそ、息子を興奮させておふくろを犯らせてみようかと思ったのに……)  竜介は腹立ちまぎれに春彦の腹をけって、椅子ごと床に転倒させた。                4 「この子は精神的ショックから性欲がなくなったんです。病気なんです」  猿ぐつわをはずされて、未亡人は自分を辱しめた年下の男に言った。 「色気づくさかりにインポだと。なにが原因なんだ」 「父親が刺されて殺されるのを目撃したのでしょう。そのときの記憶も失っていま す。この子には耐えられない事件が起きたのですから」  山荘の表札の下に掲げられた主の名に、そう言えば記憶があった。 「萩尾重四郎……。じゃ、おまえさんの亭主は、今年の冬に殺された、あの大学教 授なのか」  文学評論家としても活躍して、マスコミに名が出ることも多かった萩尾教授のこ とだ。謎の殺害事件は、いっときジャーナリズムをおおいに賑わしたものである。 野上竜介も事件のあらましは耳にしている。 「そうか。じゃ、おまえ一年のうちに二回も侵入した賊に犯られたってわけだ。皮 肉な話だなあ」  全裸の未亡人の縛めをいったん解き、あらためて両腕を後ろにまわさせ、高手小 手に麻縄をかけた。 「また縛るのですか」 「オレは女を縛って虐めるのが好きな男よ」  絵理子の体をころがしておいてから、こんどは春彦のほうだ。椅子に縛りつけら れている全裸の少年の足首から縄をほどくと、股を開かせたまま両腿を持ちあげて、 膝の後ろからまわした縄で腿を縛り、背板にまわしてしまう。そうすると、母親に 抱かれた幼児がおしっこするような体位だ。黒い繁みからのぞく、可燐と言ってよ いサイズの男性器官のさまがあからさまだ。 「やめてくれ。こんな恰好をママの前でさせるなんて……」 「がまんしな。ママさんにインポの治療をしてもらうんだから」  むりやり、椅子の前にひざまずかされた母親は、竜介の意図を知って頬を紅潮さ せた。激しくかぶりを振って抗議する。 「ああ、私になんてことをさせるの! お願い。それだけは許して……!」  嗜虐趣味の年若い男は、もう革のベルトを手首にからめていた。泣いて哀願する 母親の熟れたまるいヒップに、手かげんぬきの一撃が与えられた。  バシン、と鈍くむごい音がして、白くたおやかな裸身がはねた。 「ひいっ。やめて、撲たないでぇ!」 「痛い思いをしたくなかったら、さっさとやれ。可愛い息子のインポを治してやれ よ」  竜介の昂ぶった怒号が、絹のように艶やかな絵理子の肌を打つ。 「ママ。しかたがないよ。やってよ。ぼくが役に立たないことを見せてあげれば、 彼だってわかってくれる」  鞭打たれる母親の悲鳴に耐えられず、春彦が言った。 「春彦さん……」  泣き濡れた顔をあげ、床に膝をついた姿勢の母親は、息子の股間に唇を近づけて いった。  猫がミルクをなめるような音がしばらくのあいだ断続した。春彦は下肢を拡げた 姿勢のまま目を閉じていた。 「ほら、せっせと舌を使え」  ときどき、女の魅力をたたえた豊腎にベルトが叩きつけられ、いっそうの苦業を 強いる。  だが、絵理子の口唇の愛撫にもかかわらず、春彦の力なく萎えたものに活力は甦 らなかった。 「ちッ、こいつほんとうにインポだ」  竜介は舌打ちした。しかし、目の前で自分の息子にオーラルの刺激を与える美し い母親の姿態は、彼の体に淫らな欲情をふたたび煮えたぎらせるのに充分なだけエ ロチックだった。顎が痺れたようになり、唇の端から唾液を溢れさせた絵理子が、 黒髪をつかまれて春彦の股間から引き離されると、透明な液が糸を引いた。  若い嗜虐者は全裸のままベッドの上にあぐらをかいた。隆々とそぴえたつ肉の兇 器の上に、後ろ手に縛りあげたままの未亡人の裸体を跨がらせる。灼熱の硬直が花 芯を貫く。みずからの体重でふかぶかと子宮まで犯され、絵理子は熱い息を吐いた。  白い首筋に、ぼっちりと盛りあがった乳首に、残忍な男の歯が立てられる。一方 の手は尻*を割って絵理子の菊形のつぼみをまさぐり、人さし指が根もとまで侵入 する。もう一方の手が秘叢に覆われたデルタ地帯を這い、もっとも敏感な真珠を剥 いて刺激する。 「ああ、ああ」 苦痛と快感がないまざった未曽有の経験に、絵理子は啼泣し、むっちりと脂ののっ た肌からねっとりと甘い汗を噴きださせて男の膝の上で悶えた。淫らな肉の蠢動だ。  そうやって責めたてながら、竜介は絵理子を尋問する。オルガスムス直前まで追 いこんでは気をそらし、また昂ぶらせては中断し、執拗に問いかける。竜介一流の セックス拷問だ。どんな女も歯を噛み、白目を剥いでガタガタと身をうち震わせ白 状してしまう。それを絵理子にやってみせるのだ。 「亭主が刺されたのはどこだ」 「……寝室よ」 「おまえも寝ていたんだろう」 「私は熱睡してました。……外から賊が入ってきたのには気づかなかったんです」  呻きと呻きのあいまに、息も絶え絶えの女体が答えを迫られる。 「それで亭主のほうが目を覚まして、賊と格闘になって刺された。物音で息子が飛 びこんできて、その光景を見た。それでショックを受けた、というんだな」 「……そうです……。ああ、もうカタをつけてぇ」  待てよ、と男は淫靡な動作を中断し、絵理子を宙ぶらりんの状態にしてすすり泣 かせる。 「おかしいぜ。それならおまえもそのときの光景を見たはずだ。新聞はその点にく わしくふれていないが、もっとなにかあったはずだ。どうやらおまえ、嘘をついて いるな」  兇暴な暴走族のリーダーとして君臨した男だ。他人の嘘には敏感だ。萩尾教授殺 人事件には納得できない部分が多すぎる。  じんわりと媚肉を責めたて、脂汗をしぼり出させながら、竜介はセックス拷問を つづけた。 絵理子はもう半狂乱のていだ。 「ああ、早くいかせてよ……」 「正直に言えよ。あの晩、おまえの家でなにがあった。息子がインポになり、記憶 がなくなるほどのショックは、ただの殺人だけじゃないぞ」 「それは……」 「吐け。ほんとうのことを言えば息子だって記憶をとりもどすぞ。記憶がもどれば インポだって治る。おまえが黙っていれば息子はいつまでたってもインポだぞ」  さらに淫らな責めを加えられては中断され、ついに絵理子は屈服した。 「……賊は私たち夫婦を脅して夫を縛り、目の前で私を犯したんです。夫は自分で 縄を解いて男に飛びかかりましたが、取り押さえるのに失敗して逆に刺し殺されて しまいました。春彦が都屋に入ってきたのはそのときなんです。賊は春彦には目も くれず逃げ出しましたが、春彦は私と夫の姿を見てショックを受け……」  あとはむせび泣きだ。 「……これは警察しか知らないことよ」 「なるほど。おふくろが犯られて親父が殺された現場にいたのなら、息子も頭がお かしくなるか。それにしても、世の中は広い。オレみたいな奴がほかにもいるとは な……」  灼熱の兇器を操って、竜介は一気に絵理子を絶頂に追いあげた。体がバラバラに はじけ飛ぶような感覚に追いこまれ、年上の女は獣のような吠え声をあげ、男の逞 しい肩に噛みついた。竜介もたまらずに煮えた激情を噴射させる。それが二度目、 三度日のオルガスムスを誘爆させて、柔襞が軟体動物のように竜介を締めつけた。 (それにしても、まだなにか隠しているな?)  竜介は動物的な勘でそう思った。                5  一ヶ所に長いこととどまるのは危険がふえることでしかない。逃亡者の本能は彼 にそう告げているのだが、竜介は自分が襲った山荘に二日二晩いつづけた。萩尾教 授未亡人の絵理子にぞっこん参ってしまったからだ。 (年増の体がこんなにいいものとは思わなかった。もう小便臭い女なんかとはやれ ねえな) 爛熟した年上の女の豊満な魅力をたたえた体が、この肉食獣のような若い男をとら えて放さないのだ。  さすがに疲れはてて賑りこんだ竜介は、真夜中に目ざめた。 (押し入ってから三日目の夜だ。さすがにオレも参ったなあ) 空腹を覚えていた。考えてみれば、絵理子の体に夢中になってロクロク食うものも 食っていない。 (それだけオレを夢中にしたんだから、たいした年増女よ)  竜介はフラフラと台所へ立ってゆき、冷蔵庫をあさって手あたりしだいにガツガ ツと口のなかへほうりこんだ。ふと見ると洋菓子店の箱がある。開いてみるとシュ ークリームが数個つまっている。絵理子が買っておいたものだ。二、三個を胃のな かへおさめると、残りは持って寝室へ行く。 (オレもそろそろ、こんなところからズラからねば)  そう思っても、乱れに乱れたベッドの上で縛られたままぐったりと眠っている絵 理子の豊麗な裸身を見ると、若い獣の血はまた熱くどよめくのだ。 (よし、もうひとなぶりだ) 汚されても汚されても、まだ竜介の淫欲をそそってやまない女体に鞭が飛ぶ。後ろ 手に縛りあげた全裸の肌に赤い条痕が幾筋も走る。  絵理子は「おう、おう」というような悲鳴をあげてベッドの上をのたうちまわっ て、どっぷりと柔肌に脂汗をぬめぬめと噴き流した。 「さあて、食事の時間だぞ。おまえらも腹がへっているだろう」  まず仰臥させた未亡人の下腹部へ、シュークリームをつぶしてべっとりなすりつ ける。それから、激しい鞭打ちに目をさました春彦を椅子から解放し、こんどは前 手縛りにして、全裸のままベッドの上に追いたてる。その下腹部にもシュークリー ムがなすりつけられた。 「さあ、食え。たがいに舐めあえ」  春彦を絵理子の裸身の上に這わせる。シックス・ナインの体勢だ。見あげる母親 の顔の上には息子の体になすりつけられたシュークリームが、同様に、見おろす春 彦の顔の下には絵理子の体にまぶされたシュークリームが食欲をそそる匂いを放っ ている。やはり食物への欲求が羞恥をのりこえた。母と子は相手の体に顔を埋め、 ぴちゃぴちゃと音をたてながら舌でクリームをすくい取っては呑みこんだ。  やがて、どちらの陰毛ものぞいてくる。線毛にからみついたクリームもたんねん に取りあう。そうなると、絵理子のほうはどうしても春彦に敏感な羞恥地帯を責め られる形になる。 「ああ、ううむ」  クリームの底から露畢したコーラル・ピンクが突然に女の蜜を吐きだし、女体が 妖しくうねりだした。 (ふふ、感じてきやがった)  計算どおりのオーラル・ラブが母子のあいだで始まって、竜介はにんまりと笑っ た。  彼の目の前には春彦の白い腎がある。絵理子に自分の器官をくわえられているさ まがよく見える。女の子のように、くりっと引き締まったみずみずしい尻*だ。 ふいに新鮮な欲情が竜介の内奥から湧き起こった。 (そういえば、オレも少年院ではよくおかまを掘ったっけ〉 ありあまる精力の吐け口を求めて、夜ごと紅顔の少年たちを襲い、むごい菊肛責め によって欲望を満たした日々を思い出したのだ。  それにしても、いま眼前で揺れる美少年の引き締まった双丘が、熟れきった女体 に耽溺しはてた若いサディストにはこよなく魅力的に見えた。菊形の肉孔も形よく 締まったすぼまりを見せ、ほの紅い翳りを見せて竜介を誘う。 (よし、ひとつ息子を啼かせてみるか) 竜介は自分の怒張にも、少年の菊孔にもクリームをなすりつけた。少年の尻が驚い たようにうち震える。 「動くな。そのままにしていろ」  春彦の体へ顔を埋めて、萎えた器官にまつわりついでいるクリームを舐めている 絵理子にも 「くわえたままでいろ」  と命じ、竜介は母親の上に逆向きに這った少年の背後から迫った。  がっしりとした肉が、華奢でたおやかな少年の体を抱くように覆いかぶさった。 灼熱の肉体が春彦の腎裂を割るようにあてがわれる。 「力を抜けよ、坊や。いまにいい思いをさせてやるから」  輪状の筋肉が侵略する肉の杭のために軋んだ。 「ひい」  と少年は悲鳴をあげた。絵理子は目の前で息子のアヌスが犯されるのを、彼の分 身をくわえたままで見せつけられていた。 「むう」  引き締まって贅肉ひとつない竜介の下腹部が、カづよく春彦のヒップにあたって 小気味よい音をたて、根もとまで打ちこまれたのだ。脳天のてっぺんまで駆け抜け る電撃的な激痛が、彦の肉をまっぷたつにした。 「あ」  その瞬間だ、春彦の脳裏に、父親が刺殺された夜の記憶が甦った。強制肛交の苦 痛が記憶再生の引き金を引いたのだ。  一瞬にして春彦は、父親が刺殺された事件の謎を解いた。 (そうだったのか)  腸管も裂けよとばかり残酷な抽送だ。凌辱者は春彦の与える緊縮感に酔い痴れて いる。  いきなり春彦の下腹部が充血した。力が漲った。記憶をとりもどした結果、彼の 勃起を阻害していた心理的要因が崩れたのだ。 (あ)  くわえている分身がいきなり膨張したのを感じて、絵理子は狼狽した。 (この子は勃起している。後ろを犯されて性欲をとりもどしたのだ)  絵理子もすぐさま理解した。 (やはり思い出したのだ。あの夜のことを)  いまや口腔いっぱいに熱い怒張が充満している。驚くほどの膨張率だ。とたんに 絵理子もスリリングな欲望が全身を駈けめぐるのを感じた。彼女はミルクホワイト の太腿を思いきり拡げて春彦を自分の蜜に誘い、自分もまた舌と唇で快美な感覚を 彼に与えた。 「ううむ」 「ああ」 「む、ぐふふ」  三者三様の呻きが洩れ、肉と肉と肉がからみあいもつれあった。竜介はいまや激 しいピストン連動を展開して自分自身の濁流を噴射させようとしている。春彦は激 痛と甦った性器官帯の快感に身を裂かれて呻き、苦悶している。いままで体内に押 しこめられていたものが、吐け口を求めてしだいに爆発点まで近づいてゆくのがわ かる。絵理子は春彦の舌と唇の刺激でしとどに女蜜を溢れさせながら、やはりクラ イマックスを迎えようとしている。  爆発した。  まず竜介が噴射させた。体の奥へすさまじい熔岩流の直撃だ。それが春彦を誘爆 させる。滾る樹精が一気に待ち受ける絵理子にほとばしる。ほとんど同時に絵理子 も達した。縛られた全身を痙攣させながらオルガスムスで心身ともに四散する感覚 を味わった。 「す、すごい」  竜介は呻いて、汗に濡れた少年の背に体重をあずけて崩おれた。三つの裸体がベ ッドを転げ落ち、連結が解けて白い樹精をふりまきながら床をころがった。  なにかが春彦の手に触れた。不用意に竜介が投げ置いたボブ・ラプレスのファイ ティング・ナイフだ。  春彦は前で縛られた手をのばしてその柄をひっつかんだ。口で鞘をくわえて、刃 を一気に引き抜く。氷のような鋼がギラリと光る。ジャンポジェットのエンジンと 同じ材質でつくられた超硬度の特殊鋼はずしりと重い。  右手でフィンガーガードのついた柄をしっかり握りしめ、くくりあわされた左手 を右手首にしっかり添えで、まるで神に祈るかのようなポーズをとって少年ははね 起きた。  射精直後の虚脱感を味わっていなければ、竜介にとってナイフをかわすことなど かんたんなことだったろう。しかし、荒淫の果ての反射神経は動きが鈍かった。 「死ね」  半身を起こした彼の助骨をかいくぐって、冷たいステンレススチールの刃がずぶ りと根もとまで突き刺さった。竜介は覆いかぶさった春彦を膝でけりあげてはねの けた。立ちあがろうとして、ぐらりと上体がゆれる。 「やるじゃないか、坊や」  視野が急速に薄れる。立ちはだかった春彦の股間で、披の分身がまだ雄々しく猛 っているのだけは認めた。 「インポが治ったじゃねえか」  ニヤリとうすら笑いを浮かべ、どんと倒れこんだ。             6  地獄の業火のような夕焼けがあった日から四日目の朝。ようやく「黒樅荘」の鎧 戸が開いた。  春彦は一日がかりでモミの大木の根もとに深い穴を掘った。元暴走族のリーダー で殺人容疑で手配中の野上竜介は、その穴のなかに突き落とされた。その上にまた 土がかぶせられた。 (いい養分になる。この樹はあの男の死体をこやしにして何年も伸びるだろう)  春彦は汗を拭って樹を見あげ、埋めもどした地面を見おろした。それから竜介が 隠しておい たホンダCB750を探して見つけると、深い沢の底へ叩き落としてしまう。密生した下 生えの繁みのなかへマシンの姿は消えた。もしなにかのおりに発見されたとしても、 誰が絵理子や春彦と結びつけるだろうか?  山荘に戻ると、絵理子が屋内の片づけを終わったところだった。四日間たちこめ た兇獣の体臭は吹き私われ、血痕を含め、竜介がいたことを示すすべての痕跡が拭 い去られていた。山荘はもとの平和なたたずまいをとりもどしていた。  その夜、早めに入洛をすませた母と子は居間のソファに、まるで恋人同士のよう にぴったりと肩を並べて坐った。 「春彦さん、あなたに見せたいものがあるの」  絵理子が分厚いアルバムを息子に渡した。開けてみて、少年は頼を紅潮させた。 「あなたが生まれてから少しあとの私よ」  いまより十五歳は若い絵理子のヌード写真がびっしりと貼られたアルバムだ。  それも、ただのヌードではない。まだうら若い人妻は、あるときは全裸で、ある ときは黒い長靴下にハイヒール、またあるときはセーラー服を着せられて、その体 にきつく縄をかけられている。 「パパが撮った写真なの。あの人はサディストだったのよ」  なかに一枚、ベッドの上に大の字に縛りつけられた構図があった。これもセルフ タイマーで写したのだろうか、まだ精悍な面影を残す萩尾重四郎がベッドの傍らに 立ち、仰臥した妻の裸体を鞭打っている。黒いストッキングをはかされた若妻は悲 鳴をあげて悶えている。白い乳房に、腹に、鞭跡が残る残忍な絵図だ。 (これだ。ぼくが見たのはこのシーンだ)  彼の耳に熱い息を吹きこむように、絵理子は夫婦の秘密を打ち明けた。 「パパは英国留学時代に、むこうの娼婦たちとつきあううちにサド性が骨まで払み てしまった人なのよ。ママはそんなことを知らないで結婚したわ。最初はあの人、 家ではごくふつうにふるまって、外でその欲望を発散させていたのね」 「ところがパパには重大な秘密があったの。若いころ熱病をして無精子症になって しまったのよ。つまり子種がないということ。いつまでも妊娠しない私は、あると き、誤ってパパの教え子と一夜の愛を交したの。そのとき身ごもったのが、春彦さ ん、あなたなのよ」  春彦は無言でアルバムのページをめくる。高瀬な人格者と思われていた萩尾重四 郎文学博士が、毎夜、美しい妻を裸に剥き、あらゆる恥辱を強いてそれを写真に記 録していたサディスト だったとは、誰が信じるだろうか? 「私が浮気したのをパパはきっかけにしたわけ。私は弱味を握られ、子供を生む代 償としてパパに愛奴として仕える誓いをたてさせられたのよ」  春彦は、昨夜記憶をとりもどしたばかりの、半年前の事件の夜のことを思い浮か べた。  その夜、春彦は異様な物音と魂消るような女の悲鳴に驚き、両親の寝室を覗いた のだった。防音加工を施した扉の施錠を父親が忘れて妻を責めていたのだ。  ベッドで鞭打たれている母の姿に驚いて飛びこんだ春彦に、萩尾重四郎は怒りと 昂奮のあまり、すべての秘密をどなり散らし、息子の血を凍りつかせてしまった。 しかも、老年が近づくにつれて異常性を増してきた文学博士は、以前から美少年に 対する歪んだ欲望を育んできた。 「おまえはわしの息子ではない。売女の私生児だ。いまからおまえもおれの肉欲の 奴隷になれ」  こともあろうに、嗜虐性格の学者は息子として十八年育ててきた春彦に対して襲 いかかったのだ。春彦はベッドで鞭打たれていた母親の限前で裸にされ、犬のよう に這わされて鞭打たれ、肛門を犯されたのだ。  屈辱と苦痛の極致で春彦は我を忘れた。気がついたときは卓上用のペーパーナイ フで萩尾重四郎教授の胸を刺していたのだ。 「そのあと、あなたはあまりのショックに気を失って倒れ、それまでの記憶を失っ てしまったの。私の驚きもわかるでしょ。このことは誰にも知られてはいけない、 と思い、外から賊が来て私を犯し、パパを刺し殺したように偽装したの……」 (そうなのだ。すべては悪夢のようなできごとだったのだ。だが、なにもかも過ぎ たこと……)  春彦は十五年間にわたるアルバムを閉じた。薄いパジャマの下で、彼の若い男性 はごく自然に猛っていた。  ソファの上で母と子は抱き合い、唇を交した。熟れた女の耳もとに少年がささや く。 「ママ。黒いストッキングをはいてよ……」 (この作品は昭和五十七年一月、高橋伴明監督により【緊縛獄舎】の題で映画化さ れた)