――詰めこまれる欲望――        
      快楽梱包術

                            館 淳一

(作者前白)
 これは1993年、某小説誌に掲載された作品で、パソコン通信では読者からの反響もかなり好意的なものが多数よせられた。作者としてもお気にいりの作品なのだが、編集者からみるとまた別の評価のようだ。
「濡れ場がない」
 つまり性交シーンがどこにもない、ということが、この作品の「致命的欠陥」らしい。
 短編はいずれ短編集に収録されて出版されるのがふつうだが、この『快楽梱包術』などは、遂に、どこの出版社も収録してくれず今に至っている。
 はたして、この作品が「官能小説でない」かどうか、判断していただきたい。
 2002年、ようやく収録してくれる出版社があらわれた。現在、マドンナメイト文庫『甘媚な儀式』(リストNo.116参照)に収録されている。





“拝啓 堂龍介先生。
 突然、ぶしつけな手紙で失礼いたします。 ぼくは先生のファンです。といっても、先生の作品を初めて読んだのは、つい先日のこと。出来立てのほやほやのファンなのですけど……。
 先生のことを知ったのは、ある雑誌に記事が出ていたからです。記事といっても作家の近況を知らせる、小さなかこみ記事のようなものでした。確か『C』という月刊誌だと思います。偶然に目に留まったその記事の中で先生は確か、このようなことをおっしゃっていましたね。
「ぼくの小説は官能小説というジャンルに分類されているけれど、ふつうの男女の性愛を描く気はしない。セックスなんてサルでも出来る。ぼくは人間が想像力を駆使して行なう、通常ならざる性愛の行為を描きたい。倒錯の性――と言ってしまえばそれまでだが、倒錯といわれる行為の中にこそ、人間だけが享受できる、豊饒な性の快楽が存在していると思うから……」と。
それに続けて、こんなことも言われていました。
「男女のセックス、男同士、女同士のセックスもあるけれど、たとえば単独で行なうセックス――オナニーなんかを描く作家が少ないのは不思議だ。オナニーこそ想像力を最大限に駆使する、最も人間らしい快楽なのに」
この部分を読んで、ぼくは嬉しくなりました。まったくそのとおりだと思ったからです。そこで、その号に掲載されていた先生の『異装の悦楽』という短編を読ませていただきました。驚きました。女装者の心理がとても精密に描かれていたからです。すっかり感激してしまいました。――何を隠そう、ぼくも女装の趣味があるからなんです。
 女装愛好者について書かれた小説って少ないんですよね。それに、一般の人って女装と聞くとすぐ“おかま→変態のホモ”っていうふうに思うのが(当たっている部分もありますけど)しゃくでなりませんでした。
でも先生の作品では、TV(トランスベスタイト=異性装者)とTS(トランスセクシャル=性転換者)がキチンと区別されていたし、TVが必ずしも同性愛者とは限らないこと、趣味として女装を楽しむパートタイムTVの例などが挙げられていて、ぼくはすっかり感心してしまいました。正直言って「女装のことをよく調べている。ひょっとしたら、この人は女装愛好者じゃないのかしら?」と思ったぐらいです。
 そこでますます先生のことに興味が湧き、今度は書店で先生の本を何冊か買いました。いつもぼくが空想しているようなことが、そのまま小説になっているのでびっくりしたのです。これまでこういう作品を書いている作家がいるなんて、自分がTVなのに知らなかったのが恥ずかしくなったぐらいです。
 あ、つい夢中になってしまい、自分のことを書くのが遅れました。
 ぼくは今、二十三歳。独身の男性です。
 封筒の裏には夏目晶と書きましたが、本名は違います。でも、今のところこの名前でとおさせて下さい。
 生まれと育ちは埼玉です。代々木のデザイン専門学校を卒業して、今は都内の印刷会社で専属のデザイナーをやっています。印刷といってもいろいろありますが、ぼくの専門は梱包用段ボールの表明に印刷するデザインです。
 簡単な仕事です。要するにどこのメーカーの何の製品か、型番は何か、運搬の際にどういう注意が必要か、そういったことを記すだけでいいのですから。品物を買う時、それが入った段ボールのデザインまで気にするお客というのは余りいませんからね。逆に、だからある程度自由なことが出来て、他人にあれこれ言われることも少なく、ぼくは今の仕事が気にいっています。
 まあ、この都会に何十万といる、何てことのないふつうの若者の一人ですが、ただ、趣味だけはちょっと変わっているんです。その趣味に溺れてしまい、今のところ結婚も考えられないぐらいです。結婚の必要も感じませんし、もしする気になったとしても、こんな奇妙な趣味の持ち主と結婚してくれる女性がいるとは思えません。
 さっき女装のことを書きましたから、「女装なんて、そんなに特殊な趣味じゃないよ」と先生はおっしゃるかもしれません。違うんです。女装も趣味の一つなのですが、それとはまた別の趣味の話なのです。
 今まで誰にも打ち明ける気なんか無かったのですが、先生のことを知り、ひょっとしたら先生なら理解して下さるのじゃないかなと思いました。やはり、人間というのは誰かに自分のことを理解してほしい生き物なのかもしれません。それに、先生の「倒錯といわれる行為の中にこそ、豊饒な快楽が存在する」というお言葉に励まされたような気がするのです。
 でも、先生の住所が分かりません。ですから出版社に電話して、先生の本を担当している編集者の方にファンレターを出したいと言いましたら、転送していただけるということでしたので、この手紙を書くことにしました。無事、先生のお手もとに届くことを願いながら……。
 もし、この手紙が届かなくて誰か別の人に読まれたりしたら、ぼくは大変困ります。ですから、この手紙はここまでにしておきます。先生が、ちょっとでもぼくのことに興味をお持ちになられたら、大変お手数で申し訳ないのですが、T区のK郵便局の局止め扱いでご返事をいただけないでしょうか? 名儀は夏目晶でけっこうです。
 勝手なこと、訳の分からないことを長々と書いて失礼しました。もし何の興味もなければ、この手紙は破棄して下さって一向にかまいません。
 それでは、お手紙をお待ちしております。               敬具
 *年*月*日
               夏目 晶”



“堂先生。
 親切なお手紙、ありがとうございました。 あんな自分勝手な手紙を書いて、きっと捨ててしまわれたことだろう繙繧ニ思っていたのに、ご返事をいただけて、最高に感激しました。
 おまけに荻窪の自宅のご住所まで教えていただきまして、ありがとうございます。お言葉に甘えて、直接、手紙を書かせていただきます。
 今回は、間違いなく先生に読んでいただけることが分かっているので、安心してぼくの趣味のことを打ち明けることが出来ます。
 先生のご返事の中にありました『もし、自分の小説の中に使うことがあっても、きみのプライバシーに関する部分は他人には絶対に分からないようにするから、心配しないように』というお言葉を信じてありのままを書くようにします。
 この前もお話ししたように、ぼくの人に言えない趣味の一つは女装です。そのことから始めてゆきたいと思います。
「オナニーこそ想像力を最大限に駆使する、最も人間らしい快楽だ」と先生はおっしゃっていましたね。ぼくもまったく同感です。
 ぼくは二十三歳になった今でも、初めてオナニーに夢中になった中学生の頃と同じように、頻繁にオナニーをやっています。でも誤解しないでください。決して童貞ではありません。女性だってちゃんと経験しています。 専門学校時代には同じ学校の女の子がセックス・フレンドでした。今は特定の恋人とかガールフレンドというのはいませんが、こう言ったらいやらしく聞こえるかもしれませんが、その気になれば女の子の一人や二人、いつでも相手になってもらえるぐらいの自信はあります。でも、自分から積極的にそういう相手を求める気にはなりません。今のところそういう必要がまったく無いのです。女性を相手にするより、オナニーの方がずっと気持がいいからです。
 オナニーっていうのは、もう一人の自分とセックスすることだと思います。他の人は分かりませんが、ぼくの場合、本来の男性の自分と、ぼくの中にいる女性の自分がセックスするんです。だから常に立場が入れ替わって相手に要求したり、その要求に屈伏したり、さまざまな体位、さまざまな状況を自分で作りだして楽しむことが出来ます。先生のおっしゃるとおり、想像力を最大限に駆使する行為ですね。
 先生から戴いたお手紙の中にも「人間は常に自分自身以外のものになりたがる生き物だ。女装願望もその一つ。男の中には常に女性が住んでいるのだ」とありましたね。本当にそのとおりだと思います。ぼくが女装するというのも、自分自身の中にいる女性にハッキリした役目を与えるために始めたようなものですから。
 自分だけを興奮させればいいのですから、TSの人たちのように、どこから見ても完全な女性となりきるため、ペニスも睾丸も切り取るような女性化は必要ではありません。そんなことをしたらオナニーの楽しみも失なうでしょう。あくまでも男でありながら女性である自分と楽しむ――それがぼくの女装観なんです(先生は『ぼくは、性転換手術を受けたニューハーフはあまり好きではないのだ』とおっしゃってましたね。それを読んで、ぼくはホッとしました)。
 一番最初に女装を始めたのは、高校二年の時でした。級友たちとのバカ話の中で、「オナニーする時、指にマニキュアをしてやってみると、まるで女にやられているみたいで気持いいぞ」って言ったやつがいたのです。その時はただバカなことを言っていると思い、皆と一緒になって笑っていたのですが、その夜、オナニーをしようと思ってフトその言葉を思い出して、好奇心が湧いてきました。
『本当に、女の人に触られているような気になるかなあ』と……。
 そこでこっそり姉の部屋に行き、マニキュアの道具を持ち出して、自分の爪を真っ赤に塗ってみました(ぼくには六歳年上の姉がいます。一般にいう美人ですが、ぼくは姉に対して特別な感情を抱いたことはありません。今は嫁いでいますが、その当時はOLで何かの研修で家を長期間留守にしていたのです)。 確かに興奮しました。本当に女性にペニスを玩ばれているような、いや、玩ばせているような気がしたのです。今思えば、あの体験で自分の中にいる女性に気がついたのでしょうね。その夜はなんと三度も射精してしまいました。
 マニキュアから下着女装への道は一直線でした。姉が留守なことを幸い、スリップとパンティを無断拝借して、それを着用して鏡の前でオナニーをしてみました。ぼくは小柄なほうですし肌の色も白く、姉の下着を着けてもさして違和感がありませんでした。
 激しく欲情し、長い時間かけてオナニーを楽しみました。一度射精しても、再び鏡の中の自分を見ると(高校生の髪型だったので、顔はなるべく写さないようにしていましたけれど……)不思議なことにまた勃起してしまうのです。
 それでも親と同居していたから、せいぜい姉の目を盗んで持ち出した下着とマニキュアぐらいが限度でした。本格的に化粧をし、カツラも着けるようになったのは、専門学校を卒業して都内の会社に就職、K区のアパートで一人暮らしを始めるようになってからのことです。
 今もそのアパートに住んでいますが、この部屋でぼくの人格は二つに分裂してしまったようです。特に夜、オナニーに耽る時は。
 部屋には全身が映る大きな鏡を置いてあります。その前で毎晩のようにランジェリーに身を包み、オナニーに耽ります。
 オナニーの前は入浴し、体毛を綺麗に剃ります。もともとそんなに多い方ではないのでそんなに時間はかかりません。
 バスタオルを巻いた裸で、鏡の前に座って化粧をします。化粧のやり方は『Q』という女装者のための専門誌などを買って一人で勉強したのです。先生もご存じのように『Q』には女装のためのいろいろな情報が掲載されていますから、通信販売などでカツラなどを手に入れるのも簡単でした。
 ぼくは女装姿でで外出したり、他の人に会ったりするつもりは無いので、下着の他に揃えたのはレオタード、網タイツ、それとハイヒールぐらいなものです。女性の姿になった自分の下着姿を鏡に映して見られればそれで満足なのです。
 メイクをし、手の指はもちろん足の指にもマニキュア(正確にはペディキュアというのですが)をして、かつら(ぼくのお気に入りは前髪をおろしたボブのストレートロングです)を着けるとメイクは完了。次は下着です。 ペニスにはコンドームをかぶせ、根元をゴム紐で縛って簡単に射精できないようにしてからバタフライのような伸縮性の強いシンプルなパンティを着け、その上からもう一枚、レースのセクシィなTバッグを穿くと、股間のふくらみは女性の恥丘ぐらいの感じになります。専用のパッドを詰めて膨らませたブラジャーを着け、さらにスリップを着ければ、娼婦アキコ(便宜上、女性のぼくをそう呼んでいます)の誕生です。
 これがぼくの基本の下着女装です。あとはネグリジェにしたり、水着だったり、レオタードに網タイツだったり、そういったバリエーションを楽しむぐらいですね。
 さて、そんな恰好でいるアキコに、男性のぼく(こちらはアキラ)がいろいろ屈辱的な命令をします。抵抗しながら結局恥ずかしいことを受け入れてしまう娼婦のアキコです。 週末の夜などは、夜が白むまでそうやって一人で悶え、何度も射精するのです。実際、この快楽の前には、女性と楽しむセックスなんて問題ではありません。先生のおっしゃるとおり「サルでも出来る」ようなことを皆がどうして繰り返しているのか、ぼくには分かりません。
繙繧サれはともかく、そうやって楽しんでいるだけだったら、ただの下着女装愛好者ですんだのです。こういった趣味の男性は日本中に数多くいるはずです。でなかったら『Q』とか『H』とか、女性愛好者のための専門誌が発行され続けるわけがありません。
 しかし、ある日、もう一つの欲望がぼくの中に生じたのです。それが何かは、この次の手紙に書きたいと思います。
 決して先生をじらそうなどというわけではないのです。あまり文章など書いたことが無いので、考え考え書いているうちに時間がたち、疲れてしまったのです。とりあえずここまでの分を先生にお送りします。
                  晶

追伸 セルフタイマーで撮影した娼婦アキコのポラロイド写真を何枚か同封します。先生のお手紙、また局止めでいただければありがたいのですが……。”




“拝啓。
 先生、ちょっとご無沙汰してしまいました。少し仕事がたてこんで、お手紙を書く時間がなかったのです。お許し下さい。
 また、局止めでお手紙をいただき嬉しかったです。特に、お送りした写真を喜んでいただけたようで、感激しました。これまで誰にもそんな姿を見せたことが無かったので、先生に娼婦アキコの恥ずかしい姿を見られてしまった繙繧ニ思うだけでカーッと頬が熱くなり、それと同時に不思議な興奮が体を駆け巡るのです。だってオナニーのあと、白い液を飛び散らせて果てた姿までお見せしちゃったんですもの(何か、女言葉になっちゃいますね、やっぱり)。
 そのご感想の後に、先生がお書きになっていた女装愛好者との体験談、「ああ、やっぱり……」と思いました。そうやって取材していない限り、あんなに詳しい女装愛好者の心理を書けるわけ、ないですものね。
 先生が数年前、交際なさっていた茉利子さんという、新宿歌舞伎町の女装バーに勤めていた人のことは、ドキドキしながら読ませていただきました。何だか自分が茉利子さんになったような気がしました。確かに『Q』の女装フォトコンテスト受賞者の中に入っていましたね。ぼくもバックナンバーを調べて確認しました。本当にチャイナドレスのよく似合うチャーミングな美人で、ぼくはとても羨ましく思いました。やっぱり部屋の外へ出ていろいろ磨かれないとダメなのかな、なんて気にもなりましたけれど。
 あ、話が少し脱線しました。先生が早く教えてほしいと書いてらっしゃった、ぼくのもう一つの趣味のことについて続けますね。
 この前は、鏡の前でお化粧し、下着女装した姿でオナニーに耽る――というところまて書きました。ところが一年前、突然に新しい世界が開けてしまったんです(何か、オーバーな表現ですけど、実際にそんな感じだったのです)。
 きっかけは偶然にテレビで見たショー番組です。確か世界で活躍している有名な芸人たちの競演みたいな内容でした。
 火のついたタイマツを何本も投げあげて受け止める芸人とか、何を命令しても絶対に動かないで最後は寝てしまう犬とか、いろいろな芸人とか芸をする動物が登場しているのをボーッとして見ていたら、やがて中年の男性が登場しました。何やら大きなトランクを、重そうに携げて舞台に現れたのです。そのトランクを開けたら、中から美女が出てきました。これには驚かされました。
 金色のスパンコールのついたレオタードに黒い網タイツの若い女性が、ヨガの行者のように体を折り曲げて入っていたのです。そのトランクは大きいけれども、とても大人の女性が入れるような大きさではありませんでした。ですから彼女が出てきた時の効果は絶大でした。ぼくも驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになりましたもの。
 舞台の上でその美女は、男性(たぶん彼女の夫なのでしょう)の命じるまま、とても人間技とは思えないいろいろなポーズをとって、しかも、お盆に載せたグラスを落とさないように逆立ちしながら手に持ったり、足に持ったりするのです。でも、そういった芸はあんまり感動しませんでした。ぼくの心を捉えたのは、トランクの中に彼女が閉じ込められていたという事実だけだったのです。
 最後に、男性は前のよりもう一回り小さいトランクを持ち出してきました。これは絶対に彼女が入れそうもないような小ささです。その網タイツの美女は、男の命令に「不可能よ」というようなジェスチャーをしてみせてからシブシブと命令に従いました。
 ところが、まったく驚いたことに、どう見ても入ることが出来ないと思われるサイズのトランクに、彼女は体と手足を極限まで折り曲げて、とうとうスッポリと収まってしまったのです! ぼくは本当に目を疑いました。 男はニヤリと笑って、そのトランクを携げて退場しました。ひょっとしたら、そのまま次の興行の地まで彼女を携げていったのではないか――そんな気さえしました。
 自分が激しく興奮しているのに気がついたのは、その時でした。
 その日は日曜日で、時間は夕方でした。ぼくは昼近くに起きてから、前の夜からの下着女装のオナニーの続きをやり、一度果てた後でした。なのにぼくのペニスはシルクのTバッグを突き破らんばかりに勃起してしまったのです。
 確かに、トランクの中に入った女性はスタイルも抜群のセクシィな美女で、レオタードに網タイツという衣装もゾクゾクする恰好でしたが、それに欲情を刺激されたわけではないのです。
 可憐な美女(ぼくの分身アキコのような)がそうやって小さなトランクの中に無理やり閉じ込められ、運搬されてゆく――そういう状況に激しく興奮させられたのです。
 どうしてなのか、後で考えてもよく分かりません。ただSMが好きな人が、子供の時に縛られた女性を見て興奮したような体験と同じことが起きたのだと思います。
 ぼくはマゾ的な要素はあると思いますが、縛ったり鞭や蝋燭を使って責めたりするSMというのはあまり好きではなくて、下着女装でオナニーする時も、自分で自分を縛ったりするようなことはしたことはありません。でも、縄ではなくて自由を拘束されるということに憧れる気持が眠っていて,それがあの芸人のトランクを見て目覚めたのかもしれない――なんて、後で思いましたけれども。
 しばらくして、不可解な衝動がぼくを駆りたてました。ぼくもあの美女のようにトランクの中に詰めこまれてみたくなったのです。でも、ぼくの部屋にはそういうトランクはありません。
 でも、押入れの中に段ボール箱がいくつか入っていました。仕事がそういった段ボール箱の印刷デザインですので、買った品物の入っていた箱はなるべく捨てないのがぼくの習性なのです。
 その中に初心者(?)向きのちょうどよい大きさのものを見つけました。ステレオのスピーカーが入っていたやつです。
 高さは一メートル足らず、縦横がそれぞれ六十センチぐらいです。あの美女が入ったトランクの倍はあります。見ただけでも「これなら、ボクデモ楽に入れる」と思う大きさです。
 その段ボールを立てて上の蓋を開け、自分のお尻をまず箱に押し込み、それから体を折り曲げてゆきました。そうすれば二つ折りになった体は自分の重みですっぽりと中に入ってゆく――はずでした。
 でも、実際にやってみると、なかなか出来ないのです。ぼくは前にも書いたように、小柄な体格で(身長は一六○センチちょうど、体重は四十九キロぐらい)、体つきもほっそりしています。中学、高校と体操部にいたこともあり、体の柔軟性には自信がありました。それでもなかなか難しいのです。やはり二十歳を過ぎると関節はずいぶん固くなるのですね。
 カツラをつけスリップ、ブラジャー、パンティ、それにガーターベルトで黒いストッキングを吊ったランジェリー姿の男の子が、一生懸命に箱の中に入ろうとする――誰かが見ていたら滑稽極まりない姿だと思います。
 結局、スリップやTバッグの、ナイロンのスベスベした布地が摩擦を和らげる作用をするので、その助けを借りる形でぼくの体はストンと落ちるようにしてすっぽりとスピーカーの箱の中に収まりました。
 諦めようかと思っていた時に突然、箱の中にはまりこんでしまったので、ぼくは一瞬、パニック状態に陥りました。何しろ小さな箱です。ジャックナイフのように二つに折れた体は膝の間に頭が入っています。文字通り手も足も出ないといった感じで、まったく身動きできません。しかも段ボール箱の中は暗いのです。
「ああっ、出られなくなってしまった!」
 凄い恐怖感に襲われて、思わず助けを求めて叫び出しそうになりました。考えてみれば段ボールの箱なんてそんなに堅固なものではありません。力をこめれば破ることが出来ます。暴れて箱を横倒しにすれば、さらに簡単に抜け出すことが出来ます。
 ですからパニックはすぐに収まりました。すると激しい欲情が襲ってきました。何とも言えない興奮に全身がガタガタ震え、寒さに耐えるみたいに歯がガチガチ鳴るのです。そんな興奮は初めてでした。縛られることに憧れていたマゾヒストが初めて縄をかけられた時も、こんなふうに興奮するのかもしれません。
 もちろん、慣れない恰好ですからものすごく苦しい。背や腰や腿の筋肉は極限まで伸びきっています。ふつうの状態だったら一分と耐えられない姿勢ですが、激しい欲情がその苦痛を圧倒してしまったのです。
 ぼくは箱の中で身悶えしました。ぼくの下半身はぴっちりしたナイロンのTバッグで包まれています。その布地がぼくの勃起したペニスを摩擦して、手を触れる必要もないまま強烈な快感が全身をつき抜け、ぼくは大声で叫びながら射精してしまいました。その時の快楽は、生まれてこの方、かつて味わったことのないようなものでした。
 その時以来、ぼくは箱に魅せられてしまったのです。段ボールであれ木の箱であれ、あるいはあの美女が入ったようなトランクであれ、小さな箱を見ると自分をその中に押し込めたくなる衝動に駆られるようになったのです。
 幸か不幸か、ぼくの仕事が段ボール箱のデザインですから、仕事場にはいつも無数の段ボール箱が積まれています。毎日、いろんなサイズの段ボール箱が運びこまれてきます。女性の下着が好きな男性が、ランジェリーショップに勤めているようなものです。段ボールを見るたび、ぼくは「これなら体が入るだろう」「これは無理だな」と自然に計算するようになりました。
 適当な大きさのものだとこっそりアパートに持ち帰り、試してみます。たちまちぼくの部屋はさまざまな段ボール箱で埋まってしまいました。
 不思議なもので、ダメだと思った箱でも、何度も挑戦しているうちに入るようになるのです。もちろん、そのためにはふだんから体の柔軟性を強化する訓練が必要です。ぼくはヨガの独習書を買って、さまざまなポーズに挑戦してみました。
 一つ小さいサイズの箱に入ることが可能になると、今度はもう少し小さいサイズの箱に挑戦したくなります。そうして、さんざん苦労して箱に入りこめた瞬間、凄まじい興奮に襲われます。
 以前は、身悶えしているうちに下着との摩擦で快感が得られ、それが射精に繋がっていたのですが、やがて縦横高さが六十センチぐらいの箱に挑戦するようになる頃、とんでもない射精の方法が可能になりました。
 と書けば、先生はお分かりでしょう。そうです、自分の口で自分のペニスを刺激できるようになったのです。
 確か、オートフェラチオとか言うんですよね。自分ひとりでやるフェラチオのことは。 これは、高校時代、まだ体の柔らかさに自信があった時に、何とかやろうと思って試みたんですど、どうにもダメで諦めてたことがあります。
 ところがヨガの独習をやって、毎日小さな箱の中に体を入れているうちに、体が柔らかくなってきたんですね。だんだん自分の顔がペニスに近づくようになって、やがてペニスが勃起した時、亀頭の先端に伸ばした舌が届くようになり、次に唇でくわえることが出来るようになり、今ではすっぽりと根元まで呑みこむことが可能です。そのうち睾丸の方まで舌を届かせることが出来るかもしれません。
 ひとりフェラチオ――これは最高です! 自分の唇や舌を使って、自分のペニスを思うように刺激できるんですから、言うことはありません。もちろん射精は自分の口の中で受けます。白い液は飲み込んでしまいます。ですから下着を汚したりするようなことは、もうありません。
 精液の味は、苦いようなエグいような味ですが、気の遠くなるような快感の中で飲み込むのですから、まったく気になりません。
 そんなわけで、今のぼくの楽しみは、深夜スベスベしたスリップやツルツルの生地のレオタードに身を包んで、小さな段ボール箱の中にすっぽり入りこみ、その中で自分のペニスをくわえて舐めたり吸ったりして楽しんでいるのです。
 女装愛好者なら誰でもそうだと思いますがぼくも(つまり娼婦アキコ)肛門の刺激を好みます。ですからペニスを口にくわえながら後ろに手を回し小さめのバイブレーターを挿入して肛門に刺激を加えています。この快楽は何ものにも換えがたいものです。
 この時、ぼくの人格は三人に分かれているのかも知れません。娼婦アキコと、彼女の口を犯すアキラ、そして肛門を犯すもう一人のアキラと。
――ぼくが当分結婚を考えたくないというのがお分かりだと思います。どんな女性でも、ぼくにこれ以上の快楽を与えてくれるとは思えません。
 残念なのは、箱にすっぽり入ったところの写真をセルフタイマーで撮影できないことです(時間がかかるので不可能なのです)。そのためには誰かに撮影してもらわなければなりませんが、こんな姿を誰かに見られる勇気は、とてもありません。
 今日はとうとう、ぼくの秘密を告白してしまいました。先生の作品のヒントにでもなれば幸いです。
 実は、もう少し続きがあるのですが、ここまで書いて相当くたびれました。今日はここまでにして、続きはまたお手紙いたします。 先生も、お手紙下さいね。
                アキラ

追伸 ひとりフェラチオをしているポラロイド写真を同封します。肛門まで見えて恥ずかしいのですが、参考までに。”

 4

“先生。
 今日、お手紙拝見しました。
 ぼくの告白が先生に喜んでいただけて、ぼくも感激です。こんなおかしなことをやっているぼくのことを理解してくれるのは、今のところ先生一人なんですから。
 先生の「ぜひ会いたい」というお誘いですが、ちょっと心が動揺しています。手紙でならともかく、実際にお目にかかるというのはやはり勇気のいることですから。
 しかも、先生の前で恥ずかしい女装下着の恰好で自分のペニスをくわえ、噴き上げた精液を呑む――なんて。
 でも、先生が詳しく書いてくれた、茉利子さんとのセックス、読んでいて激しく興奮しました。
 ぼくは本来、ヘテロセクシャル=女性とのセックスが好きな男性だと思っていました。自分の分身であるアキラにイメージで犯されるのならともかく、実際の男性に抱かれて玩ばれ、肛門を貫かれるなんて、死んでもイヤなことだと思っていました。
 それが、先生と文通するようになって、だんだん変わってきました。ぼくのことを理解してくれる先生なら、女の子として好きなように玩ばれてもいい――っていうふうに。
 でも、凄く揺れ動いているんです。特に先生の提案を読んで。
 作家というのは、やはり凄い想像力の持ち主なんですね。いろんなことを想像して楽しむぼくも、ああいうことまでは考えていませんでした。
「極限の小さな箱に収まってしまった娼婦アキコを、箱の外から嬲り、犯してやりたい」だなんて……。書いているだけでTバッグの下のペニスが勃起して、透明な液で濡れてしまいます。
 先生が添えてくれた簡単な図面を見て、ついつい「ここはこうして、こうすれば……」なんて考えてしまいます。
 会社には何社もの段ボール業者が出入りして、中には親しくしている人もいます。細部の細工はぼくがやるとして、注文どおりの寸法で、内部からぴったりと閉ざすことの出来る、堅牢な段ボール箱を作ってくれるよう、頼むことは出来ます。口と肛門の角度をうまくとれるように内側に発泡スチロールの板を張りつけるといいと思います。この加工は難しいことはありません。自分でも削ることが出来ますから。
 先生は、近くに知り合いの赤帽タクシーがおられるのですから、ぼくの住むK区から、先生の仕事場のあるS区まで、交通量の少ない時間帯なら車で三十分みれば充分です。それぐらいの時間なら、充分、耐えられます。最近は一時間ぐらい箱の中に入っていても大丈夫なぐらい鍛えていますから。ちょっとしたヨガの行者にも負けないんじゃないでしょうか。
 アパートの管理人に鍵を渡しておいて、赤帽タクシーが来たら部屋の中の箱を運ばせるように伝えておけば、後はぼくが箱の中に入って待っていればいいんですね。簡単なことなんですが。
 でも……そんな悪魔的なことが……。
 今の状態でも充分に悪魔的なことだと思うのに、先生のご提案に従ってしまったら、もう倒錯のブラックホールにはまってしまい、二度と脱出できなくなってしまうのではないかという気になります。
 もう少しで縦横高さが五十五センチの箱に入りこめそうです。それが出来たら、今度は五十センチ四方の箱に挑戦したくなるでしょうし、それが出来たら一センチでももっと小さな箱に――とキリがないような気がして、自分でも怖くなっているところです。その過程でそれまで二人だった自分が三人に分裂してしまいました。先生の欲望に屈伏したあとまた別な自分が生まれるような気がして、そのことも恐ろしいのです。
 でも、先生にお手紙を差しあげる決心をした時から、あるいは既にこのようなことを予感していたのかもしれません。
 この前の手紙では「まだ続きがある」と書いたのも、実は同じようなことなのです。というのは、あのトランクに入れられて運ばれていった美女のように、ぼくも箱に詰めこまれてどこかへと運ばれてゆきたい――そんな願望が強まってきたのです。
 その願望を満たすには、絶対に誰か協力してくれる人が必要です。ぼくのことをよく理解してくれ、ぼくの欲望を満たしつつ自分の欲望も満たそうとする貪欲な好奇心を持つ人が……。 先生は、そんなぼくの願望を満たしてくれる唯一の人でしょう。
 とにかく最終的な返事はもう少し待って下さい。とりあえず、先生の設計に基づいた、ぼくを収めて運搬できる段ボールを業者に作らせてみます。
 では、またご連絡します。                      アキラ

追伸 先生の同封してくれた、茉利子さんとのプレイの写真、拝見しました。体が震えました。ぼく(娼婦アキコ)もこんなふうに、辱められるのでしょうか。気が遠くなるような苦痛と屈辱と、そして快楽でしょうね。貴重な記録の写真なのに贈呈していただき、ありがとうございました。”



“先生。
 ようやく決心がつきました。
 先生のご提案に従うことにしました。
 先生からの再三にわたる情熱的なお手紙を拝読して、踏ん切りがついたのです。
「サルにも出来るセックス」から逸脱した人間には、戻る道は無いんですね。だったら、道の尽きる所まで行くのがぼく(娼婦アキコ)の運命だと思います。
 運搬用の段ボール箱は完成しました。寸法は各辺が五十五センチの正方形です。蓋には舌状の突起がついていて、内側からひっぱって折り込むと、外側からは絶対に開けられません。ぼくは背を底につけて三つ折りになった姿勢で中に入ります。頭の部分に直径十センチの丸い穴が、ぼくのお尻があたる部分に直径二十センチの穴が開いています。最初は内側からガムテープで貼りつけてありますので、外側からはその穴の存在は気がつかないと思います。
 今日、業者が持ってきてくれたその段ボールにさっそく入ってみました。五分ですっぽり入ることが出来ました。内側に発泡スチロールを削った板を数個所に貼りましたので、かなり長時間、中に居られると思います。少しぐらい揺れても大丈夫です。
 そうやって先生のところに運搬されてゆく自分を想像して、自分の口の中に射精してしまいました。
 先生の指定された今週土曜、午前十一時にこの箱の中に入って、赤帽タクシーの到着をお待ちしています。鍵は管理人に渡しておきます。
 あ、そうそう。まだ住所と本名をお教えしていなかったのですね。この封筒の差出人と部分がそうです。一応、地図も添付しておきました。アパートにはエレベーターもあるので、荷物用のキャスターがあれば大丈夫だと思います。運転手が運送の途中、ぼくを落っことしたり、事故を起こしたりしないことを願うのみです(でも、そういう可能性がぼくをよけいに興奮させるのです)。
 先生の仕事場に到着したら、箱はどのような形に転がしてもけっこうです。二つの穴のどちらからでも、中にいる娼婦アキコを嬲って下さい。アキコも中で動けるので、犯すのに不自由なことは無いはずです。
 先生は「ぼくはHIV検査は陰性だけれどコンドームを使う」とおっしゃってくれました。お気遣いはありがたいですけれど、その必要はありません。ぼくの方はそういう関係を持っていないのでまったく安全です。どうか先生の白い液をドクドクと、ぼくの口の中へ、まだ男性を受け入れたことのない肛門の奥へと注いで下さい。娼婦アキコを思いきり辱めて満足して下されば、ぼくも幸せです。 その時のために、今日、ランジェリーブティックに寄ってちょっと高価なシルクの下着一式を買ってきました。花嫁のように純白なランジェリーにしようかとも考えましたが、やはり娼婦アキコには似合いません。結局、最も娼婦らしい黒の下着に、黒い網のストッキングにしました。十センチの穴から先生の手が入ってきてTバッグを引き毟り、それからアキコの身に起きることを考えると、恐れと期待で体が震えます。
 それでは、土曜日に先生のお仕事場で。
                        先生の忠実な奴隷 アキコ”
(『快楽梱包術』終わり)