**背徳の館**  西方にそびえる火山を手前の丘陵が立ちはだかるようにして隠しているところか ら、浅間隠と呼ばれる一帯は、軽井沢のなかでも古びた洋館風の別荘が多い。  その奥まった一画、鬱蒼とした木立ちのなかに英国風の三階建て木造洋館がある。 おそらく明治時代の末期に建てられたものらしく、この避暑地のなかでもぬきんで て古い別荘だ。  最初に住んでいたのは英国から来た貿易商だという。その後何人かの手を経て、 芝生をはりつめた庭の隅に小さなプールが造られたり、居住のための設備がいくぶ んか近代的に改造されはしたが、びっしりと外壁を蔦で覆われた外見は数十年とい うもの変わってはいない。  感受性の鋭い人は、この重厚な洋館を目にすると、なにかしらおじけづくような 陰気な雰囲気を感じないわけにはゆかない。西側に丘陵をひかえ、高い木立ちに囲 まれているため、夏の盛りでもその建物に陽が当たることが少ないからだろうか。  浅間の焼石を積みかさねた洋風の門には「アカシア荘」と彫られた石の表札がは めこまれてはいるが、土地の人はなぜかこの陰気な山荘を「夜泣き館」と呼ぶ。い つごろから、なぜにそう呼ばれるようになったのかを知る者は、土地の古老のなか にもまれであった。  その夏、まだ雨期の明けないうちに、この山荘の鐙戸が開かれ、夜になると古び た門灯に火がつけちれた。 「めずらしいことだ。夜泣き館に借り手がついた」  その陰惨な外見と旧式な設備のため、ここ数年というもの新しい避暑客を探しそ こねていた不動産屋が、今年は取り壊す予定だっただけに、土地の人間たちはどん な物好きな金持ちがそこを借りたのだろうかといぶかしんだ。そのくわしい情報は、 やがてこのあたりの別荘を管理している霜月家の娘、逸子によって伝えられた。彼 女はこの館の新しい借り手にやとわれて、ひと夏かぎりの女中として住み込んで働 くことになったのだ。  彼女の話によると、新しい住人は一流私大R大学法学部の学部長をつとめていた 法学博士神代隆之教授だそうだ。  彼はこの春、学部長の職を辞し、教壇からも去った。昨年末交通事故のために瀕 死の重傷を負い、その後医師団の尽力で奇跡的に一命をとりとめたものの、社会的 に表面に出て働く能力を喪失したからである。いもなお半身不随の麻痺が残り、顔 面には醜い傷跡が消えやらぬという。 「なるほど人前から身を隠すには、あの山荘はうってつけだわい」  さらに土地の者たちの興味を呼んだのは、この廃人に近い学者の妻が、二十数歳 も年齢の違う若さであることだ。               、 「なんでも後妻だそうだ。スチュワーデスをしているのを見染められたそうな。す ごい美人らしいが、それにしても気の毒なことだ。大学教授夫人の玉の輿に乗った と思ったら、たちまち廃人の看病をするとは。あのようすでは亭主も役には立たな いだろうからの」  口さがない土地の老人たちは、こう言いかわして淫廃な笑い声をあげるのだった。  その神代教授夫妻の寝室は、英国貴族の田舎屋敷を摸したものらしい項丈な造り で、天井には太い梁が剥き出しに走っている。 教授夫人神代安紀子は、その梁と梁の重なりがつくりだす天井の暗い濃密な影の奥 から、いつも妖怪じみたものが見おろしているような妄想につきまとわれていた。  その夜もまた、安楽椅子に腰かけている二十三歳も年上の夫隆之の前でドレス を脱ぎ捨て、透きとおるように白い肌を露わにしながら、妻は裸身をブルッと震 わせるのだった。  黒い布地にレースの縁飾りがつけられた高価なパンティまでするりと脱ぎおろし、 水蜜桃のようにみずみずしい尻のまるみを夫に向け、安紀子夫人はフランス製の黒 いストッキングをはく。シームの入った薄いナイロンがぴったりとみごとな脚線を 包み、それをウエストに食いこむような黒サテンのガーターベルトの吊り紐でピン と吊りあげる。そのほかはなにも着けない  女体は、その瞬間にひときわエロチックな彩りを帯びて輝くようだ。これにぴか ぴか光る黒エナメルのハイヒールというスタイルが、外国生活の長かった法学教授 の寝室での好みなのだ。 「きょう、この家のなかをずうっと探検しましたのよ。地下室にも降りてみました わ。昔はきっとワインを貯えておいた酒倉だったのでしょうね。いまは古い家具し か入っていませんでしたけど……。そうそう、その先にまた跳ね上げ戸がついてい て、その下にもうひとつ地下室があるようなのですよ。いったいどうしてそんなも のを造ったのかしら」 「それはたぶん、戦時中に防空壕として造ったのではないかな。高価な美術品や財 産などを隠すために。なにしろこの屋敷は代々、大金持ちばかりが住んでいたそう だから……」  髪に白いものが多い神代隆之は、そうやって安楽椅子にナイトガウンを着て坐っ ているかぎり、かつてはマスコミにも人気のあった少壮プレイボーイ教授のころと はそんなに変わってはいない。  土地の人が噂をするより彼の回復は早く、何度かの整形手術で顔の傷もひと目見 ただけではわからないほどになっている。体の麻痺も右足に少し残るだけで杖の助 けがあれば自分で歩きまわるこどもできる。この山荘を借りることにしたのも、軽 井沢には数少ないプール設備があるからだ。傷ついた神経を回復させ、筋肉の力を とりもどすためには水泳がもっとも有効な手段であるからにほかならない。  黒く、細いストラップのついたハイヒールをはいた二十八歳の貞淑な妻は、むっ ちりと白い下腹にひときわ濃い翳りの部分を隠そうともせず、あたかも娼婦かスト リッパーのように淫らな腰を振る歩き方で夫の前を歩く。形よく前に突き出した乳 房のつんと上を向いたイチゴの実のように紅い乳首が、可愛らしくプリプリと揺れ る。  部屋の隅まで歩いてゆき、大きな大理石の暖炉の前で両脚をひろげ、安紀子は下 品な踊り子のように女体の中心を自分の指で露わにしながら豊満な腰を回転させた。 やがて新鮮な汗の匂いが、ふりかけたばかりの香水「夜間飛行」とミックスして男 を欲情させる匂いとなって寝室に充満した。 「来なさい」  十分以上も若い妻に目の前で淫猥なソロ・ダンスをさせたあと、隆之は嗄れた声 で命じた。  安紀子夫人はいそいそと安楽椅子の前へ駆け寄り、ひざまずくと夫のガウンの前 をはだけた。  ルビーレッドのマニキュアをした白くたおやかな指が、下着をつけていない夫の 股間にさしのべられた。柔らかい掌が力なく萎えたものをくるみ、優しく愛撫をく りかえす。  妻がひろげた自分の脚のあいだに類を埋めたとき、初老の域に達した男は額を仰 向けにのけぞらせ目を閉じた。濃くルージュをひいた唇がすっかり夫をふくみ、濡 れた舌がたくみに蠢動した。  長い時間が過ぎた。安紀子夫人の献身にもかかわらず、萎えたものは事故の前の ように力をとりもどすことはなかった。 「もういい。今夜はこれまでにしよう」  妻を押しのけた夫の声に、苦い絶望の響きがあった。冷えきった体にあわててネ グリジェをまとった安紀子夫人は、絹のパンティで唾液にまみれた夫の下腹を拭う と、慰める口調で言った。 「あせることはありませんわ。ここまで回復したんですもの、きっと治ります」 「そうかもしれぬ。たぶん、そうだろう。だが私はもう若いとは言えない。治った ときにはすでに体力が失せているかもしれないのだよ」 「悲観的に考えると、治るものまで治らなくなってしまいますよ」  妻は首を振って、ベッドの傍らの薬びんから数粒の錠剤を掌にとり、夫に手渡し た。睡眠薬である。事故の後遺症による偏頭痛のため、薬の助けがなければ安眠で きないのだ。 「おまえはほんとうによくしてくれる。ふつうの女なら、もう私を見捨てているだ ろうに」 「なんてことをおっしゃるの。あなたを愛してますもの」  安紀子は、ちょっと語気を強めた。  広いダブルベッドに並んで横たわり、灯りを消すと、裏手の山から吹きおろす冷 たい霧を運ぶ夜風が、屋敷のまわりの木立ちの枝葉をざわざわと揺すった。 「あなた……。もしなんでしたら、私を鞭で打ってもいいのですよ」、  暗闇のなかで安紀子夫人がつぶやくように言う。 「男の人って、そうすると興奮するのでしょう。聞いたことがありますわ」 「駕いたな。おまえがそう言ってくれるのはありがたいが、残念なことに私にその 趣味はないんだよ。それにおまえのきれいな肌を傷つけることなど、考えただけで 身震いがするよ」  眠りにおちる前、夫は妻に言った。 「あしたプールのポンプのぐあいを電気屋に見させてくれ。うまく動いていないら しくて、水が濁ってきたようだ」  それから規則的な寝息にかわる。  安紀子は、長いこと眠れなかった。しばらくのあいだ、冷たいシーツの下で指が 秘やかに蠢き、内腿が溢れるもので濡れた。やがて低いすすり泣きのような声が唇 から洩れ、均斉のとれた体がひくりと痙攣した。  窓の外で、ほうほうという夜禽類の鳥が嘲笑するような鳴き声をあげた。              2  翌日はよく晴れた日だった。梅雨明けの強い日射しが、庭の隅に造られたプール の鉄平石を嫉いた。  昼すぎ、調子の悪いポンプのぐあいを見に、電気屋から修理人がやってきた。彼 はプールわきの小屋の戸を開き、なかに備えつけられているポンプを調べはじめた。 そのポンプはプールの水を濾過器へ送りこむためのものだ。水はそこで浄化され、 ふたたびプールに循環するようになっている。  安紀子はプールサイドに持ち出したデッキチェアに寝そべり、冷えたコーヒーゼ リーにスプーンを入れながら、プールのむこうで作業する男の後ろ姿を見守ってい た。  男は二十二、三歳ぐらい。肩幅の広いがっしりしたタイプで、空手て有名になっ た映画のアクションスターに少し似ていた。もっともその俳優よりはずっと粗野で、 奇妙に薄い唇が非情な肉食獣を思わせる。  暑いので男はシャツを脱いで上半身裸になり、こちらに背を向けるようにしてポ ンプの分解を始めた。その裸の背に汗の玉が噴き出している。五メートルほどの幅 のプールを越して、その男から発散する獣じみた体臭が安紀子のところまで漂って きた。  ふつうなら不快な異臭なのだろうが、安紀子の鼻孔は、微風にのってくるその匂 いを刺激的なものとして受けとめ、体の奥で火花のようなものが散った。不能の夫 に仕える長期の欲求不満が、芙しい人妻を牡に対して敏感にさせていたのだ。  安紀子はデッキチェアに体を倒し、目を閉じて牡の匂いを深く吸いこんだ。 (ああ、男が欲しい。男の熱い精を体の奥で受けとめたい)  閉じた瞼の裏で白日夢が展開された。あの修理人がいきなり午睡している安紀子 に襲いかかり、抵抗する彼女を脅し、着ている薄いサマードレスを引き裂き、パン ティまで剥ぎとり、のしかかってくる。無理に割りひろげられた下肢に、熱く猛っ た肉の兇器があてがわれる。強い感覚……。  無意識のうちに、みずから招いた妄想に欲情した安紀子は、デッキチェアの上で 身をよじった。身にまとった薄いジョーゼットの白いサマードレスがよじれ、裾が めくれあがった。片膝が折り曲げられると、膝小僧の少し上の部分までがのぞいた。  ふと我に返った人妻は、プールのむこうの若い修理人が仕事の手を休め、肩ごし にこちらのようすをうかがっているのに気づいた。その位置からは、ややまくれあ がったサマードレスの裾の、ずうっと奥が見透せるだろう。 (いやだわ、あの男)  妄想をふり払った安紀子は、羞恥と嫌悪感が入り混じった感情に全身が熱くなっ た。だが、細い蛇のような視線がなぜか体の自由を押さえこんででもいるかのよう に、彼女は両膝をそろえることができなかった。  おそらく男は白日夢に悶える夫人のようすに異常なものを感じて注視していたの だろう。なにげないふりをしながら、ときどきすばやく刺すような視線を送ってく る。 (ああ、あの男ったら、私のドレスの内側の腿の奥まで覗いているかもしれない。 いまはいているサックスブルーのパンティの、レースの裾飾りの部分まで見えてい るのかしら……)  不思議な感情が、羞恥心と嫌悪感に混入しできた。なにかゾクゾクと体の奥から 溢れてくるようなスリリングな感情だ。男の視線がまるで無数の針を束ねたものの ように思え、柔肌を刺すような感覚が内股を襲う。  頭上で鳴いていた鳥の声が遠ざかり、突然に味わった視姦される快感に、人妻は またも無意識に両脚をひろげ、膝をさらに立てた。午後のなまぬるい微風が薄いジ ョーゼットの布地をさらに大腿のほうへめくりあげ、夏の日射しにまばゆいほどの 白い大腿をのぞかせる。  いまや野卑な顔をした若い修埋屋は、動かしていた手を止めて、不作法な凝視に 体を固くしていた。淡いブルーの光沢のある布地でつくられたビキニのパンティが ぴっちりと包みこんだ、もっとも女らしい丘のこんもり々した盛りあがりまで、い まは鋭い視線でくまなく犯されている。  下着を透して欲情した女の匂いがたちのぼり、ソフトなブラジャーの内側で、子 供に吸われたことのない乳首がシコシコと硬くなる。  のびやかな肢体をデッキチェアの上で思いきりのけぞらせた安紀子の尻は、カン バス地のシートから浮きあがるくらいだ。 (見られてるんじゃなく、見せつけてるんだわ。さあ見たいなら見なさいいどうせ あんたなんて一生に一度だって私のような女を抱くことなんかできないんだから)  目を閉じるとまたあの白日夢が戻ってきた。のしかかってきた男の熱い硬直が、 いまはじっとりと露をふくんだ安紀子の雌芯を押しひらく。  だが、想像上の官能に溺れこむ前に、淫猥な白日夢は中断された。女中の逸子が 冷えた麦茶を運んできたのだ。  鳥の鳴き声が戻り、視姦による甘い被虐的な陶酔から覚めた安紀子は、両膝をそ ろえてドレスの裾をなおした。若い修理屋は、まるでなにごともなかったかのよう に黙々と仕事をしている。 (いまのはすべて私の幻想かしら……)  腿にまだ冷たく光る蛇のような視線の刺さった感覚。  その男が仕事を終えて、オンポロなトラックに道具を積みこんで帰っていったの は、午後も遅くなってからだ。  安紀子がなにげなく逸子に、あの修理屋のことを訊ねると、住み込みで働いてい る土地の娘は、なぜか顔をこわばらせた。  男は富岡雄治といい、この土地の電気屋の息子だという。修理にかけての腕はい いのだが、生まれつき粗暴な性格で嫌われ者だという。 「少し前には、刑務所に入ったこともあるんですよ」  それがなんの罪かは、若い娘は話さなかった。が、安紀子にはわかった。              3  教授夫人安紀子が富岡雄治に犯されたのは、その翌日、街へ買物に出かけた帰り、 館へ向かって林道に沿った林のなかでのことだ。  背後からゆっくり近づいてきたボンコツのトラックが、安紀子夫人のかたわらで 止まった。 「買物の帰りかい、奥さん」  顔には野卑な笑いが浮かんでいたが、その目は薄い夏服をとおして彼女の均斉の とれた肢体をなめまわしている。それは獲物を狙う蛇の目だった。  安紀子は周囲を見わたした。まだシーズンには早く、付近の山荘はみな閉めきっ て人影がない。 「きょうも暑いな、奥さん。ちょっとそこらでひと休みしないか」  前科もあるという男が、ドアを開けて降りてきた。その手にビニール被覆の電線 の束が握られている。  人妻は買物包みを投げ捨て、林の奥に見える一軒の別荘のほうへ走った。誰か人 がいてくれることを願った。  だが、そこへ行きつく前に、電気修理工はやすやすと安紀子を捕えた。 「あそこへ行っても、誰もいないぜ」 獲物をしっかと爪にかけた野獣のように、宮岡雄治は夫人をがっしりとした腕のな かに抱きすくめた。思慮を欠いた安紀子の逃走は、この男をかえって人目のつかな い場所へみずから誘いこんだことになってしまった。 「やめて。ただではすまないことになるわよ」 抗う人妻の腕を後ろにねじりあげ、悲鳴をあげるのをかまわず電気のコードで両手 首を重ねて縛りあげる。 「なにをするのッ」  髪を振り乱し狂乱のていの人妻の頬がバシッと鳴った。 「静かにしなよ、奥さん。あんた、だいぶ男に飢えてるようじゃないか。きのうも 俺に股の奥までさんざん見せつけたりしてよ。だから慰めてやろうというんだ。お となしくしな」  後ろ手にゆわえられた安紀子は、一本のから松を背負うようにして立たされ、手 首と上腕部にさらに電線がからめられて、しっかりと幹に縛りつけられてゆく。 [暴れるなよ。暴れると傷がつくぜ。帰ってから亭主に説明するのに困るだろう」  左の膝にぐるりと電線が巻きつけられ、ぐっと引きあげられる。後ろ手に木の幹 に縛りつけられた安紀子は、驚きと苦痛に悲鳴をあげた。その電線の一端が犠牲者 の頭の高さくらいのところで幹に結びつけられる。 「いやっ、なんて恰好にするんです」  片足を開き気味にはねあげた恰好で吊られた安紀子が、その屈辱的なポーズに耳 朶まで赤くした。もがくと吊られた形の脚が揺れ、はいていたサンダルシューズが 脱げ落ちた。 「さて、きのう見せてもらったところを、もう一度たっぷり眺めさせてもらおうか」  夏服の裾がばあっと腰までまくりあげられ、ごく薄く、布地の部分が極端に小な いベビーピンクのビキニをつけた豊かな腰と下腹部が覆わにされた。 「あっ」  無骨な手でパンティのふっくらしたふくらみの部分を撫でまわされ、安紀子は全 身に鳥肌がたつようなおぞましさと、敏感な部分に加えられる淫廉な刺激に身をよ じって悲鳴をあけた。 「ほう。さすがに教授夫人だけあって、すてきな下着じゃないか」  ひどく淫猥な開脚を強いられている女体が、薄いナイロンの上から雌芯のあたり を荒々しく揉まれると、たちまち女の蜜を分必させて、布地の二重になった部分を じっとりとしめらせるだ。 「い、いや……やめて、やめてください。お願いです……」 「うふふふ。それにしてはこの湿りぐあいはどうだい。ちっちゃな布がびっしょり じゃないか」  成熟した女体から強い香りが発散されて男の欲情をさらに煽った。安紀子は汗臭 い体に抱きすくめられ唇を吸われた。無遠慮な手が胸もとをこじあけ、ブラジャー の上から乳房をわしづかみにされ、ぐりぐりと揉みしだかれた。  やがて剥き出しの下腹部を撃った小さなな布片が、猛った男の手で力まかせに引 きちぎられて、安妃子は羞恥の源泉をそっくり露出させたまま視姦された。  ジーンズをブリーフごと脱ぎおろした富岡雄治が迫ると、安紀子はその巨大さに 圧倒された。  ドス黒く充血したその突端がおぞましく凹凸を見せている。 「ふふ、ムショのなかでな、ひまにまかせて加工したのさ。これを食らうとどんな 女でもひいひい泣きわめくぜ」  雄治は人妻の腰を抱きしめた。 「ううッ」  夫の隆之のものとはくらべものにならない威力をもった肉の兇器が、柔肉を引き 裂くように打ちこまれた。  から松の幹がゆさゆさと揺れ、巣でもあったのか、オナガがかん高い鳴き声をあ げて飛びたった。  数分後−−。  どろどろと煮えたぎる男の精をたっぷりとよく浴びせかけられた安紀子は、鳥の ような声を喉から洩らして、すさまじいオルガスムスの爆発を経験したのである。           4  「夜泣き館」に富岡雄治がまた訪れたのは一週間後だ。先日修理したばかりのポ ンプがまた故障したという。  プールでは神代隆之が水しぶきをあげて泳いでいた。背中から腰へかけての傷跡 が、交通事故のひどさを物語っている。その皮膚は青白い。山あいのこの庭に日が 射すのは、ほんの数時間しかないからだ。  男が庭を横切ってくるのを、プールサイドのデッキチェアに腰をおろして安紀子 は見ていた。  視線がからんだ。女の表情は能面のようで、それを見る男の薄い唇がめくれたよ うに笑った。  ポンプの入っている小屋を開け、男はなかへ入りこんだ。故障の原因はすぐわか った。配線が何者かの手によって引きちぎられている。雄治は顔をしかめた。誰が こんなことをしたのか。  そのとき、小屋のなかが薄暗くなった。開け放した戸口に誰かが立ったのだ。若 者はふりかえって、そこに教授夫人の姿を見た。  あいかわらず身にまとったサマードレスは薄い。逆光を洛びて、均斉のとれた肢 体が衣服を透かしてシルエットとなる。  蛇の目をした若者は、引きちぎられたコードの先端を指で示した。 「あんたがやったんだな」  整った安紀子の顔は無表情だ。 「なんのために、こんなことをした」  ルビーレッドのルージュをひいた形のよい唇が少し開いた。桃色の舌が唾液で濡 れてチロリと唇の端を舐めた。それがなぜかひどく官能的に若者を刺激した。 「そうすればあんたに逢えるからよ」  男の目が一瞬瞠かれ、それから非情そうな顔がニヤリと歪む。 「そうかい。なるほどね、この前の林のなかのことが忘れられないとみえる」  安紀子の頬から耳朶にかけて、さっと朱が浮いた。一週間前、林のなかで凌辱さ れたなまなましい記憶が甦った。  から松の幹に縛りつけられて犯された人妻は、そのあとで体液にまみれた男のも のを唇にふくまされ、ふたたびふるいたたせるための奉仕を強要されたのだ。  サマードレスも剥ぎとられ、一糸まとわぬ裸にされた教授夫人は湿った落葉の上 に四つん這いになり、充ちはだかった男にビシビシと尻をしばかれながら、窒息す る恐怖と吐き気に涙を流した。  それから二度、安紀子の火照った媚肉の奥にたぎる精が注ぎこまれ、犬の姿勢で 犯された女体はそのたびに喜悦の頂きに追いやられたものだ。  ポンプ小屋の戸口に立ったまま、美しい人妻は自分の体の奥でなにか熱いものが 煮えこぼれるような感覚を覚えた。  雄治は黙って佇んだままの女の背後に、ゆっくりとプールを泳ぎつづける夫の姿 を見た。非情な目になにかが光った。薄い唇が開く。 「おい。前を開け」  人妻が前開きのサマードレスのボタンをはずして前をひろげた。その下は淡いベ ージュ色の上品なブラジャーとパンティだ。 「ここまでこいよ。しゃがめ」  ポンプ小屋はプールサイドより一段低くなっている。なかに入ると、外からは安 紀子の背中から上だけしか見えない。狭い空間に、汗臭い男と、成熱した女のつけ た香水の匂いがたちこめた。 「パンティをおろせ」  背後で夫がターンするたびにはねあがる水しぶきの音を聞きながら、美しく貞淑 だった人妻は、若く凶暴な男の目の前でかがんだままつるりとベージュ色した布片 をひきおろし片足ずつ持ちあげて足首から引き抜く。なま暖かいナイロンは、男の ジーンズの尻ポケットに消えた。 「開けよ、もう少し」  男の声は嗄れていた。薄暗がりのなか、乳白色の腿の奥に衝撃的な三角形の黒い 炎があった。 「濡れてるな、もう。まるでさかりのついた犬じゃねえか、ええ」  富岡雄治は工具箱のなかから大きめのドライバーをとりあげた。柄は高電圧絶縁 用の太いプラスチックだ。 「これでも呑んでな」 「……ッ」  一  みずから夏服の前をはだけさせた人妻は、おもわず腰を浮かせた。直後にして四 センチはあろうかというプラスチックの柄が花芯を貫いた。 「ほほう」  最初の抵抗感が失せて、吸いこまれるようにドライバーの柄がすぽりと入ってゆ くのを冷酷な男はおもしろそうに眺めた。指が先端の金属をこじる。 「う、うッ」  唇を噛みしめた安紀子は呻いた。 「乳を出せ。揉むんだ」  ドライバーの先端をつかんだ手が動く。柄の部分が淫らな湿った音をたてて、サ ーモンピンクの通路を前後する。 「しゅ、主人が見てるわ……」 「なあに、気がつくものか……」 「残酷ね……」  ブラジャーを押しさげた安紀子は、男の目の前でふっくらと盛りあがった、熟れ た果実のよぅな双の乳房をみずから揉みしだく。強い女の匂いが立ちのぼる。 安紀子の股間に伸びている手が、さらに激しく動いた。 「……犯して」  ドライバーの柄で辱しめられながら、人妻は悩ましげな声で訴えた。 「ここじゃ無理だ」 「どこへでも行くわ」  むっちりした大腿が、堪えがたい快実の到来に筋肉をひくつかせる。 「よし、今晩だ。亭主の寝つきはいいほうか」 「睡眠薬を飲んでいるから、少々のことじや目が覚めないわ」 「ふむ。それじゃあ、十二時にオレがここへくる。いいな、廊下のはずれの窓の鍵 をはずしておけよ」 「どうして真夜中に……。午後になれば主人は昼寝するわ。そのときなら……」 「オレはな、おまえが考えてるほどヒマじゃねえんだよ」  男の手がグイとこじると、安紀子は軽く達したらしい。びくびくと腿をうち震わ せ、目をきつく閉じた。 「あアー」  背後で水音がやんだ。隆之がプールからあがったらしい。湿った足音が近づく。 雄治はまだ肩を震わせている安紀子の背後から、この館の主人が近づくのを見た。 「亭主がくるぞ。前を隠せ」  隆之にはなんの不審もないようだった。ポンプ室の前へ釆て、妻の肩ごしになか を覗きこむ。修理人はこちらに背を向け、黙々と仕事々している。 「どこが悪いかわかったのかね」 「ええ。ここの配線のぐあいが少しおかしいんでさあ」 「そうか。よくなおしておいてくれ。さあ安紀子。日もかげってきたから家へ入ろ」 「はい、あなた」  安紀子は立ちあがった。そのときドライバーが足もとのコンクリートに落ちたが、 すでに背を向けていた隆之は気づかない。  去りしなに安紀子は小声で言う。 「今夜ね」                5 (畜生、夜になるとこの屋敷はやけにうす気味悪いなあ)  館の上まで梢をのばしているモミの大樹が、まるで襲いかかる怪物のようだ。 (犯った女は二度と犯らないのを自慢にしていたオレが、問男みたいにコソコソや ってくるなんざザマはねえな)  だが月の前に熟れた女の白い裸身が浮かぶと男の欲望はまた燃えさかった。婦女 暴行の常習犯として刑務所暮らしをしたこともある富岡雄治は、廊下のはずれにあ る高窓によじのぼりガラス戸を引きあける。安紀子夫人は言われたとおり鍵をかけ ていない。  寝室の灯は消えていたが、気配を感じたか神代安紀子はドアの内側に佇んでいた。 男はそれを押しのけて夫婦の寝室のなかにすべりこむ。人妻の瞳が恐怖に瞠かれた。 「ダメよ、ここは。主人が寝ているわ」 「睡眠薬飲んでるんだろ。目を覚ましゃしないよ」 「そんな……あッ」  まとっていたセクシーなネグリジェが乱暴に剥ぎとられた。下は男を待って着け た黒いストッキシグとガーターベルト。 「ポルノ映画みたいだな、奥さん」  尻をバシッと叩いてその弾力性を楽しんだ男は、美しい年上の女をベッドのほう へ追いやった。 「なにをするの、お願い……」 「言うとおりにしろ。亭主が目を覚ますぞ」  広いダブルベッドの上に、黒い靴下をはいただけの女体が、隆之の顔をまたぐよ うに四つん這いになった。そうしておいて若く残酷な男は背後から挑みかかった。  睡眠薬のために熟睡している夫の顔の真上で、醜くも巨大な肉の杭がぬらぬらと 蜜をまとわりつかせながら埋没し、また姿を現わし、そのくりかえしのリズムを速 めてゆく。柔らかいベッドのスプリングが軋み、犬這いの教授夫人は白い喉をのけ ぞらせ、唇を血の気が失せるまで噛み、呻き声を殺した。  夫の寝ている真上でその妻を犯すスリルに、男は異常なまでの昂ぶりを示した。 「うぐ、ッ」  激しい攻撃に、安紀子はみずからパンティを口に押しこんで、湧き出てくる喜悦 の声を抑えなければならなかった。  おびただしく放射したのち、そのままつながっている二人の下で、隆之が身じろ ぎして寝返りを打った。息の止まるようなショックを覚えた女の身の震えにまた加 虐の炎を燃えたたせた男は、驚くべき早さで回復し、また肉の責め具で女体を悶え させるのだった。  さらに長い時間をかけて二度日の噴出を浴びせられたとき、ほとんど同時に安紀 子もすさまじい快美の爆発を味わった。 そのあと、太腿に白濁した液をしたたらせる人妻は、廊下をはさんだ浴室へ追いや られた。  厚いカシのドアを閉めると、なかの物音はもう寝室には届かない。 「はは、すげえスリルだったな、おい。俺も亭主の寝ているそばでやったのははじ めてだが、こいつはこたえられないぜ」 「ひどい人、あんたは悪魔だわ……」 「そう言うおまえだってヒイヒイよがってたじゃねえか。だいたいはじめっからお まえが誘いこんだんだぜ。プールサイドで見せつけたりしなきゃ、俺もこんなこと にはならねえ」  タイル張りの洛室には、ほうろうびきの旧式なバスタブが据えつけられている。 黒い靴下しか身につけていない裸の教授夫人は、そのなかに四つん這いにさせられ た。 「ケツをあげろ」  満月のように輝かしくもまるい臀球を双つに割って、安紀子夫人はむちむちとし たヒップをもちあげた。男は目のくらむような女のエロチシズムをたたえた弾力性 のあるまるみを叩く。ビシッと小気味よい音をたてて、掌にしたたかな手応え。 「サドね。あんたはサディストなのよ」  人妻のなまめかしい悲鳴が溶室のタイルに反響した。        6  ゆるゆると夏が過ぎた。 訪れる人も少なく、神代隆之教授は静養生活をつづけた。毎日のプールでの水泳は、 残っていた下半身の麻痺をしだいに軽くしていったが、性欲のほうは戻るきざしが なかった。  表面上、安紀子夫人の献身と奉仕は変わらなかったが、注意して見れば、そのみ ずみずしさを増した肌、歩くときの重たげな腰の揺れぐあいなどから、ほかの男の 精を浴びていることに気づいたかもしれない。だが、隆之はまったく気がつかなか った。ときどき家の電気設備が故障し、そのたびに修理屋のオンポロなトラックが 林道を登ってきたが、その回数が多いことなども気にするわけでもなかった。その 日までは−−。  シーズンも終わりに近くなり、深い朝霧のかかることが多くなった日、杖の助け を借りずに歩けるようになった隆之は地下室へ降りていった。以前妻が地下室の下 にもうひとつ地下室があるといったのを憶えていて、それを覗いてみる気になった のだ。  埃のうず高く積もった地下室の、いちばん奥まったところに、床に鉄の項丈な蓋 がはめこまれていた。鋳びついた鉄の環を持ちあげると、それは気味の悪い軋みを あげながら開いた。そのぐあいからして、長いこと開けられなかったのがわかる。  鉄の梯子が垂直に降りていて、湿ったカビ臭い空気が流れ出た。手にした懐中電 灯の光が、地下室の床下につくられたもうひとつの地下室を照らし出した。  床も周囲も石で囲った八畳間ほどの広さである。注意して見ると天井に小さな管 がある。換気孔として上のほうに通じているのだろう。 (はて、なにに使ったものか)  見たところ、この家が建てられたときからあるようだ。とすれば防空壕とも思え ない。  そのとき、隆之は「夜泣き館」の伝説を思い出した。土地の娘である女中の逸子 が話してくれたのだ。  −−この洋館を造った英国人の貿易商には日本人の妾がいた。その妻がある日、 この館から姿を消してしまったのだ。  官憲が調べると英国人は、 「あの女は下男と情を通じて出奔した」 というだけで、結局その女の行方はわからずじまいになってしまった。  だが、ある夜、たまたまこの館のそばを通った人間が館の土台近くから女の泣き 声が聞こえるのに気づいて蒼くなって逃げ帰った。そのあとも同様なことがあった ので、村人たちは、 「妾は主人に殺されて地下に埋められ、その怨霊が夜泣くのだろう」 と話し合った。以来、この屋敷が「夜泣き館」と呼ばれるようになった−−という ものだ。 (もし、この地下室に人間が幽閉されて泣き叫んだとしたら?)  空気孔を伝って地表にいる人間の耳にまで届くことも考えられる。 (下男と情を通じたことを怒った英国人が、その女をここに幽閉したのだろうか?)  ふたたびその重い鉄の蓋を閉じると、その表面にはカンヌキがかけられるように なっている。 (これはやっぱり地下牢だな)  そのとき、一階から.この地下室に通じるドアをそっと開ける音がして、隆之は ふりむいた。 (誰だろう?)  ワインの貯蔵に使っていた棚が立ち並んでいて、彼の位置からはドアにつづく階 段が見えない。おそらく女中の逸子が不要なものをしまいにきたのだろう。そう思 って隆之は棚の陰から頭を突き出してみた。そしてそこに意外な光景を見てしまっ たのだ。妻とあの修理工の姿を。              7  採光の充分でない地下室の薄暗がりのなかで安紀子は裸になった。艶っぽいフリ ルのついたパンティを足首から抜きとると、これまで何回かこの地下室でそうした ように、打ち捨てられている古い革張りのソファに歩み寄り、その背もたれに上体 をあずけ、若いサディストに脂ののった白い背を見せて膝をのせて坐った。 「ケツをあげろ。脚を開け」  スパンキングを待つ淫猥なポーズをとるまで、少しばかり躊躇した。思いきって 割りひろげた下肢のつけ根、悩ましい艶やかな秘叢の奥に白い糸が見えた。 「メンスか」 「ごめんなさい。きょうは唇で……」 「どこをやるかは俺が決める」  バシ、と張りきったヒップの上に力まかせの一撃が加えられ、美貌を歪めて熱い 呻きを吐いた教授夫人は、背もたれに強く乳房を押しつけ、うねうねと腰をよじっ た。  女の背後で、ジーンズの前をあけ、つかみだした雄治が唸った。 「おい、もっと脚を開け」  ベッと掌に唾を吐き、腎裂の奥をひろげて菊の形を露出させる。 「あっ、そこは、……」  薄いスミレ色の愛らしい秘孔に唾液がなすられて、まる裸の安紀子はふりかえっ て身をこわはらせた。  刑務所のなかで整形を施した肉の武器を片手につかんで、若い電気修理工は尻た ぼを押し開き、灼けた先端を菊花にあてがう。 「む、無理よ」 「バカ、力を抜け。でなきゃ痛い思いをするぞ」 「ひいッ」  背もたれをつかんだ手が革張りに爪を立てる。 「ううむ」  白い肌がどっとばかりに脂汗を噴く。噛みしめた唇が血の気を失い、背筋が弓な りにそる。 「いいぞ……」  長い時間が過ぎた。前にまわした男の指が、濃い叢の奥で桃色の尖りを愛撫する。 「ああッ」 「うぐ……」  男と女の叫びが重なり、腸奥に白濁した溶岩の噴出を受けた安紀子はガクリと自 失した。  全身が痺れたようになったまま、神代隆之は若い妻と、修理屋の激しい倒錯した 情交を見守っていた。驚き、怒り、そして嫉妬が胸のなかで渦巻いていたが、その うちにあることに気づいて初老の教授は愕然となった。  男の器官に力が漲っていたのだ。  事故以来半年というもの、固く猛ることのなかった彼の男性が、いまたしかに熱 く脈打っているではないか。 (これはどうしたことだ)  激しい精神的ショックが、停止していた中枢神経の機能を回復させたのだろうか。 年上の夫は、辱しめられた妻が、その引き抜かれた兇器を無理やりに唇にふくまさ れ、さらに舌のサービスを強要されるあさましい姿に、さらに激しい欲望を燃えた ぎらせた。  その耳に、富岡雄治の傲慢なことばが飛びこんできた。 「もうあんな亭主とはおさらばしろよ。役に立たねえのとくっついてたってしかた がないだろう。なんなら俺が始末してやろうか。プールのなかで感電させりゃイチ コロだ。心臓マヒってことですませられるぜ、そうすりゃ……」  ソファに坐って自分の股間に顔を埋めている安紀子夫人のヒップをぱんと叩いて、 男は冷酷な笑いをあげた。 「このケツが血まみれになるまで可愛がってやる」              8 (旦那さまも奥さまも、どこへ行ったのかしら?)  二階の夫婦の寝室を掃除しながら、住み込んでいる管理人の娘、逸子はいぶかっ た。昼食後二人の姿を見かけないのだ。 (きっと、めずらしくそろって散歩に出かけたんだわ)  そのほうがありがたい、と去年地元の高校を卒業したばかりの健康な娘は思った。 彼女の手が、サイドテーブルの引き出しを開け、なかから薄い雑誌を取り出す。 「プライベート」という北欧のポルノ難誌だ。夫の性機能回復のため、安紀子夫人 が秘かに無修正のものを友人から借りたものだ。  逸子はふわふわのベッドに腰をおろし、膝の上でそれをひろげる。 (いつ見てもすごいわ)  掃除の途中、好奇心から引き出しのなかをさぐってそれを見つけて以来、夫婦の 目を盗んでこのポルノ写真の満載された雑誌を見るのが、この単調な生活のなかで の、唯一の楽しみなのだ。  裸の男女が、さまざまな姿態で愛を交している。想像を絶するような太さの男性 を喉の奥まで受け入れている女性。まだおさげの可愛らしい娘が、二人の男性を受 け入れている。みずからの手でアヌスを露出させ、信じがたい男のものを受け入れ ている中年女。紐のついたディルドオで交わっているレズの女たち……。それらは 未経験の逸子にとってすべて驚異であり、同時に健康な肉体を激しく欲情させる作 用をおよばすものだった。  とくに彼女が気に入っているのは、二人の女とひとりの男性が入り乱れて交わっ ているものだった。そのなかの若い娘が自分によく似ているからだ。はちきれそう なグラマーな肢体に、黒いガーターベルトとストッキングがすごくセクシーだ。 (私もこんな下着をつけたら……)  好奇心の強い娘は、それらの下着や黒いハイヒールがしまわれている場所も知っ ている。 (そうだ。誰もいないんだから、いまあの下着をつけてみよう)  化粧室にある大きな鏡の前で、逸子は着ているものを脱ぎ捨て、フリルの飾りが ついたガーターベルトをとりあげた。それは彼女のウエストの肉に食いこむように してとめられた。その緊縛感が娘を陶然とさせる。  薄い黒のストッキングをはき、四本の吊り紐でとめると、黒エナメルのハイヒー ルに足を入れる。  その姿を鏡に写して、逸子はおもわず頬を赤らめながらも恍惚となった。  いくぶん太めながら、安紀子夫人に負けない雪白の肌と、むっちり張り出したヒ ップには自信があった。そして黒靴下とガーターベルトをつけた姿の悩ましい美し さ。逸子は瞬時に鏡のなかの女体が、あのポルノ誌で歓楽の極みをつくしている若 い北欧娘であるかのように錯覚した。 (ああ、濡れちゃう。もう……)  熱く火照った裸身をもてあますように、若い娘は鏡のなかの自分と触れあおうと するかのごとく、鏡面にぴったり体を押しつけた。  乳房に乳房が、下腹に下腹が、腿に腿が押しつけられ、ガラスの冷たさが全身に 鳥肌をたてるような快美を走らせる。逸子は唇を突き出し、鏡のなかの美少女にく ちづけした。  そのとき、化粧室のドアが開き、主人の神代隆之が入ってきた。 (あッ)  思いがけない事態に立ちすくんだ娘は、温厚な主人の顔が欲望をむきだしにして 歪んでいるのに恐怖を覚えた。そしてズボンをとおしてありありとわかる隆起。 (この人、不能じゃなかったの)  両手で前を隠そうと必死な逸子の二の腕を、中年男の腕がつかむ。 「許してください……。お留守だと思って」 「人の寝室をさがしまわるのは泥棒と同じだよ」 嗄れた声で隆之は命じた。 「こういう悪い女は罰を与えなければ」  化粧室に、尻を打たれる逸子の悲鳴と泣き声が反響した。  妻の思いがけぬ不貞と、若い娘の淫らなポーズを目撃したことが、この山荘の主 人を異常に昂ぶらせていた。 「さあ、これを口に入れるんだ」  泣きじゃくり許しを乞う娘の髪をひっつかみ、自分の前にひざまずかせると、隆 之はズボンのジッパーをおろし、いまは痛いほどに猛り立っているものをつかみだ すのだった。                9  夫の隆之に目撃されたことも知らず、安紀子がふたたび電気修理工と地下室での 白昼の密会を行なったのは一週間もたたないうちだった。  月のものは終わったというのに、刑務所で病みつきになった後孔への偏執的な欲 望を満たすため、富岡雄治はこんども愛らしい菊花を襲った。 「ああ、ひどい。これじゃまともに歩くこともできないわ」  パンティを引きあげながら、安紀子は類をしかめた。拭ったあとも、奥深くあび せられた男の体液は少しずつ溢出して下着を濡らす。 「それにしては、オーバーによがってたじゃねえか」  マゾ女、といって雄治は下着の上から手荒に尻のまるみを揉み、つねっては悲鳴 をあげさせて喜ぶのだった。 「おまえは俺がいなきゃ生きてゆけないぜ、もう。なあ、亭主を始末しちまえよ」  この美しい人妻を完全に服従させたと、自信たっぷりに思っているのだ。亭主を 殺し、この女と財産を手に入れる−−それはもう夢ではない気がしてきていた。そ んな男が、安紀子にはそら恐ろしい。自分はとてつもない怪物に身を委ねてしまっ たような気がする。 「プールで感電させるんなら、まだ暑いうちにやらなきゃいけないな」  高原の夏は短い。チャンスを逃せば夫婦は東京へ帰ってしまう。残忍な若者は少 しあせりぎみなのだ。  安紀子が服を着終えたとき、いきなり階段の上でドアが開いた。篤いた雄治はす ばやくソファの後ろにもぐりこんだ。 「なんだ、安紀子か。そんなところでなにをしてる」  上から顔をのぞかせたのは夫の隆之だ。 「なにか使える家具はないかと思って見ていたのです。でも、ありませんわ」 「そうかい。ところで台所の古い冷蔵庫をここに入れることにしたんだ。あそこは 狭くて不便だからね。管理人さんたちが手伝ってくれてるんだ。そのソファのとこ ろへでも置こうか」 (まずい)  雄治は青くなった。彼はジリジリと壁伝いに奥のほうへ移動した。だが何人もの 人間の目から逃れる場所はない。 (くそ、亭主ひとりならここで殺っちまうんだが)  そのとき、足もとになにかが触れた。見ると鉄の蓋だ。旧式の冷蔵庫を運びこむ ため、隆之や管理人、それに手伝いの男たちは入口で手こずっている。安紀子は、 早く下に入れというように手で合図している。雄治は人目を避けたい一心で鉄の蓋 を持ちあげ、暗く湿った空気のなかに身を沈めた。  氷を入れて使う旧型の冷蔵庫は、かなり重く、大の男が四人ほどかかってようや く地下室の床までおろすことができた。 「急ですのね、あなた。これを動かすなんておっしゃってなかったのに」 「なに、急に思いたったのさ。これで台所はずいぶん広くなるよ」  隆之の目に、なにかおもしろがっているような輝きがあった。 「さあて、どこに置こうか」  そのとき、奥の鉄の蓋のところでコソリと音がした。安紀子がハッと表情をこわ ばらせる。 「おや、ネズミかなあ。このなかになにかいるのかな」  隆之は、雄治が隠れた下の地下室に通じる鉄の蓋に近づいた。あわてて安紀子が 押しとどめる。 「およしなさい。そんなとこ開けるのは気味が悪いですわ」 「そうだな、妖怪がひそんでいるのかもしれん。なにしろこの家は「夜泣き館」と 言われるくらいなんだからなにが出てくるかわからんわい」  隆之はひたと安紀子の目を見つめた。  年下の妻は、黙って夫を見返した。額にうっすら汗が浮いている。 「よし、この上に冷蔵庫を置こう。へんなものが建物に忍びこんでこないように」  一瞬安紀子は蒼白になった。  男四人がかりでようやく持ちあげた大きな冷蔵庫がずっしりと置かれ、地下への 通路は完全にふさがれた。 「これでよし。さあ上へ行こう。運んでくれた人たちにお茶を出してくれないか」  棒のように立ちすくんでいた安紀子は、夫の言葉に我に返った。隆之は妻の表情 のなかに、なにかが切れたような突然の変化を見た。いつもの笑みが戻ってきた。 「そうですわね。行きましょう。ここは寒いですわ、なんだか」  そう言って、ハーフ・スリーブのワンピースを着た体をぶるっと震わせた。  その夜から天気は崩れだした。  冷たい雨が降りしきり、高原一帯を濃い霧がつつんだ。気温は急速に下がる。 「夏も終わりだな」  寝室の暖炉に神代隆之は火をつけた。薪が爆ぜながら、明るい炎をあげる。  そのとき、館が泣いた。  鏡台に向かって寝化粧をしていた安紀子夫人の、ローズレッドのルージュを唇に 塗りこめていた手がとまった。 壁から、梁から、天井の暗い陰から、どこからともなくくぐもった呻きともすすり 泣きともつかぬ音−−耳をすませて注意深く聞かねばとらえることはできないが、 一度耳についたらもう逃れられない悲痛な泣き声にも似た音が古い洋館のなかを駈 けめぐった。しばらくすると音はやむ。窓ガラスを打つ冷雨の音と、暖炉でパチパ チと火の粉をとばす薪の音が聞こえるだけ。だが、しばらくするとまた聞こえてく る。安楽椅子に腰かけ、燃える炎を見つめていた神代隆之はひとりごとのようにつ ぶやいた。 「共振呪象さ。地下室の空気孔が建物のどこかにつながっている。その音源によっ て、建物全部が振動する。弦を打ち鳴らせばピアノ全体が鳴り響くようにね」 (それでは、実は知っていたのだ。あの男のことを……)  隆之は語りつづける。 「あの地下室の下にある部屋は地下牢だったのだろう。この建物を造った英国人が 妾をそこへ幽閉した。女が泣き叫ぶと、建物自体が泣くように聞こえた。偶然にそ うなったのか、そうなるように設計されたのかは知らない。それがこの「夜泣き館」 の秘密さ」  また館が泣いた。よく聞くと、それは男の吠えるような絶叫にも聞こえる。  まとわりつくその音をふり払うように、教授夫人は黒いネグリジェを脱ぎ捨てる。 夏じゅう、富岡雄治の精を吸いつづけた女体は、息もとまるほど艶やかなエロチシ ズムで輝く。  黒いガーターベルト、ストッキング、光るハイヒールをはいた妻に、隆之は告げ た。 「前におまえは、鞭で打ってもいいといったな。今夜はそうしよう」  天井を走る梁に、用意されていたロープが掛けられ、両手首を頭の上で縛られた 安紀子は、かろうじてハイヒールの踵が床につくまでぐいと吊りあげられた。夫の 手に細い黒皮のベルトが巻きつけられていた。  それまでなされるがまま一言も発しなかった安紀子は、豊麗な腎球を細皮で鞭打 たれたとき、はじめて悲痛な叫び声をあげた。  あのサディストの若い男が、与えたスパンキングよりも鰐皮のベルトは柔肌を痛 烈に噛み、赤い打痕を縦横に描いてゆく。           .  ふと我に返った安紀子夫人は、目の前のベッドの上で展開されている思いがけぬ 光景に目を疑った。  そこに犬のように這わされているのは、女中の逸子だ。だが彼女は安紀子と同じ ような黒いストッキングだけをつけた恰好なのだ。  そして背後から夫の隆之が挑みかかっている。その男性は、妻に対する職烈な鞭 打ちと、彼女の目前で使用人を犯す刺激で、信じられぬほどの昂ぶりを示している のだ。 (治っている。男をとりもどしたのだ)  安紀子が吊るされている前で、若い娘は初老の男に処女を捧げる。乳白色の内腿 を破瓜の血が伝った。  夫と若い娘が愛戯を終えたのち、安紀子夫人は梁から解放された。その腿のつけ 根は、眼前で展開された淫廉な光景のために、しとどに蜜で濡れている。  妻はあらためて後ろ手に縛られた。  絨緞(じゅうたん)の上にひざまずかされると、その前に逸子が立つ。 「ごめんなさい、奥さま」  そう言う十九歳の娘の顔には、まだ性の深淵を知らない無邪気な喜びがあった。  隆之は逸子の下腹部を清めるように妻に命令した。男と女の体液と、処女の血を 前にしてたじろぐと、尻にベルトの鞭が飛んだ。 「ああ」  両脚をひろげて腰を落とした逸子は、繁みのなかに女主人の舌を受けて低く呻き、 やがて自分で黒髪をわしづかみにして押しつける。  二人の女の倒錯した行為に、隆之の男性はふたたびきざしはじめた。  乳液が安妃子の背後から浴びせられ、赤く腫れあがった腎裂を流れ落ちる。その 冷たさに背に鳥肌がたった。 「おまえはこっちがいいんだろう」  菊の形が歪んで、逸子の下腹部へ埋めた安紀子の唇から呻きがあがった。 「つづけるんだ」  深く埋没させながら隆之はわめいた。  二人の女とひとりの男の甘い呻きが、洋館を駆けめぐる低いくぐもった音を圧倒 した。だがすべてが終わったあとも、館は泣きつづけた。  汗みどろになってベッドに倒れこんだ夫と妻は、若くて健康な娘をはさんで横た わりながら、断続する館の振動音に耳をすませていた。 (いつあの泣き声はやむだろうか?)  館は三日間泣きつづけ、それから沈黙した。